科学哲学ニューズレター |
No. 21, August 15, 1998
1. News from Our Lab, S. Uchii
2. "The Social Responsibility of the Scientist"(Abstract, July 29, the Summer School for young astronomers), S. Uchii
3. "Utility and Preferences" (Abstract for a coming symposium on J. S. Mill, The Japanese Society for the History of Economic Thought), S. Uchii
[This issue is all written in Japanese; sorry for the English readers!]
1. まず、文学部の同窓会誌『以文』に書いた本年度の研究室だよりを、ひと足早くウェッブページで(『以文』には書きづらいことも補って)お届けします。久しぶりの日本語版ニューズレターです。
今年は新三回生が二名、大学院修士課程の新入生が三名、博士後期課程への編入が一名と学生が増えました。ただし、昨年度の修士二回生三名のうち、一名は論文を提出したものの博士後期課程への進学がならず、後の二名は留年と惨憺たるありさま。しかし、学生が増えたぶん研究室は活気を示しています。いままで研究室がなく不便を忍んでいましたが、新棟完成により現代文化学専攻共通の大きな研究室ができ、サーバ、コンピュータをはじめとする機器も充実して、やっと大学院らしくなりました。学術振興会特別研究員の松王政浩君が引き続き在籍し、研究室のリーダー役をしてくれているようです。
研究室のホームページは本年一月と六月に二度リニューアルをおこない、最新情報をお届けしています(INDEX ページの What's New? のコ−ナ−をまずクリックしてください。更新状況がわかり、新しいところへジャンプできます)。新しいコーナーとしてGallery of History and Philosophy of Science が登場し、論理学者・数学者、科学者、科学哲学者のポートレートが簡潔な解説つきでご覧になれます。大半は内井教授の作品ですが、ダニエル・デネット等、現役の科学哲学者の写真も掲載していく予定です。科学哲学ニューズレターは20号までに増えましたが、最近の三号はすべて英文で、国際化・情報化を実践しているものと自負しています(おかげで、当研究室とは無関係な厚かましい問い合わせメールも増えて困るけれど)。とくに、最新の20号は、伊藤和行助教授がブルーノに関する国際研究集会で発表した力作英文論文が掲載されているので、是非ご覧ください。
また、京都大学では、昨年より短期留学生向けの Kyoto University International Education Program (KUINEP) という「英語で日本に関する内容を講義する」という、正直言ってくだらないプログラム(なぜくだらないか→)が継続中ですが、不幸にしてこれの一科目を無理やり担当させられた内井教授は、そのウサを晴らすべく、Philosophy of Science in Japan というタイトルで、日本の科学哲学界を英語でなで切りにした講義をおこない、講義原稿は全編ウェッブ・ページでご覧になれます。Internet Encyclopedia of Philosophy、Pugwash Conference、Russell-Einstein Manifesto など種々の場所へリンクを張った新しいスタイルの教材提供の試みです。(少々反響があり、講演依頼や原稿依頼がきた。 )
加えて、世界に向けて英語で情報を提供することの成果が一つ現れました。内井教授が On Line Essay として掲載した"Darwin on the Origin of Morality" という論文が、アメリカのLycos Community Guide (www.lycos.com) の ページ、Knowledge-Thinkers-Darwin の項目でBest Sites の二位にランクされました(八月現在、順位は落ちたがなお上位ランク)。
「本年度の講義題目」などという、面白くない記述は、本年からやめにしました(ホームページ「98年度講義概要」に出ています)。以上。(内井惣七)
→ 英語で綬業を聞けて楽だ、と安易な気持ちでくる留学生にとっては好都合でも、やる方の負担はかなり厳しい。だから、一コマ一人ずつの担当で12回、などといったアホなコースもかなり出てくる。わたしに言わせれば、英語でやるのは構わないが、それなら正規の授業、例えばわたしの「科学哲学入門」を通年英語でやるから、それを留学生に聴講させればよい――日本人学生の「国際化」にも貢献して一石二鳥でしょうが!「日本に関する内容を」というのであれば、国文や日本史の先生がたが適任であることは明白。彼らが英語ができないというのであれば、英語のできる非常勤でもやとい、あるいは通訳でもつけてやっていただきたい(日本史担当だった某学部長(すでに退官)は「これからの日本史研究者は国際化しなければ」といつか言っていませんでしたか?)。われわれ講師陣は、「手当てなし、負担純増」で京大執行部の一部のメンバ−の思い付きアイデアからきた天下りプログラムに振り回されている。
くだらないもう一つの理由は、これら英語の授業をワル乗りして「全学共通科目」として日本人学生にもとれるようにしたこと。そのため、わたしの初回、二回目の授業にはアホな日本人学生がワケもわからずに押しかけた。しかも、だらしない「京大流」で遅刻おかまいなしで!これに刺激?されて、留学生まで遅刻、さぼりを真似する始末。これでは、「国際教育」ならぬ「国辱もの教育」である。怒り狂ったわたしは、二回目には定刻きっかりに教室の鍵をロックし、遅れた学生はみな締め出して差し上げた(わたしの前任校、大阪市大ではわたしがいつもやっていたこと)。ところが、後で一人厚かましい女子学生が来て、「たった五分しか遅れなかったのになぜ教室に入れなかったか」とくってかかる始末。京大に来て「遅刻」の意味を忘れたのか?まあ、アホで厚かましいにしても、ワシにくってかかるとは「ひょっとしたら見所があるかもしれん」と淡い期待も抱きかけたが、この女子学生は二度と現れなかった。
「天文学と社会」分科会、招待講演の一つ
国立磐梯青年の家、7月29日
科学者の社会的責任についての論議は、日本では、唐木順三の遺著『「科学者の社会的責任」についての覚え書き』(1980)以来、武谷三男『科学者の社会的責任』(1982)、村上陽一郎『科学者とは何か』(1994)、あるいは藤永茂『ロバート・オッペンハイマー』(1996)などの著作において続けられてきた。
わたしの講演では、これらの論議を踏まえた上で、科学者の責任を論じるためにはどういう基盤から出発しなければならないのかを分析する。これまでの多くの論議は、この問題が基本的に科学哲学と倫理学の領域に入るという初歩的な認識をなおざりにしていることを指摘し、科学的認識の基準を押さえ、倫理の問題はどのように分析されなければならないかというごく基本的な論点を押さえるだけで、問題の解決の方向がどのように見えてくるかを示す。
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[以上が予定したアブストラクトだが、実際の講演では、聴衆の事実認識の欠如を考慮して、基本的な事実の紹介に力点を移した次のような内容の話をした。]
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科学者の責任について、近年の議論の一つの原点とも言うべきものは、原子爆弾の開発をめぐる種々の動きと論議とである。ロス・アラモス研究所所長のオッペンハイマーの名前はあまりにも有名だが、そのほかによく知られているのは次の二つである。
(1)シラードらに動かされたアインシュタインのルーズヴェルト宛の手紙
核分裂連鎖反応の可能性をいち早く知った科学者による政策の提言
(2)ドイツ降伏の後、シカゴの冶金研究所、ジェームズ・フランクらのグループによる「フランク・リポート」(1945・6・11)
核兵器の威力を最も早く認識した科学者たちによる、核兵器不使用の勧告と世界平和に対する重大な危惧の表明、解決策の提言。
わたしはフランク・リポートが重要な節目だと考えるので、これから話をはじめたい。なぜ彼らはこのような報告書を政府に提出する必要性を感じたのか。リポートでは次のように述べられている。
「過去においては、科学者たちは、利害を離れた科学的発見が人類によって利用されたことに対して直接の責任はないと主張することができた。われわれはいまや同じ態度をとることはできない。なぜなら、核エネルギー開発においてわれわれが成し遂げた成功は、過去のいかなる発明とも比べものにならない大きな危険を伴うからである」
この認識は、ラッセル・アインシュタイン宣言(Russell-Einstein Manifesto)、パグウォッシュ会議、湯川秀樹、朝永振一郎、1995年のノーベル平和賞を受賞したロートブラットらによって繰返し繰返し強調される重要な論点である。しかも、これは特別にむずかしい哲学的考察を必要としない、常識的に健全な倫理的理由づけだけで理解できる。すなわち、人間社会にとって大きな危害が及ぶ可能性をいち早く察知した個人あるいはグループは、それを他の人びとに知らせるべきである、その義務がある、ということである。
もちろん、そうは言ってもいくつかの事情が絡むとむずかしい問題が生じる。例えば、戦時中の特殊事情。原子爆弾のケースはまさにこれに当たる。軍事機密、戦争の勝敗などが絡むと、平和時なら比較的スムーズにいく話が、個人の力ではどうにもならなくことがある。原子爆弾の開発にアメリカ政府はどれだけの金を注ぎ込んだか。今から五十数年前の金額で、20億ドル!
次に、人間の想像力の狭さ。身近な人間の苦しみは容易に想像し共感できても、遠くの多数の人びとが被るかもしれない苦しみにはなかなか想像が及ばない。この人間的弱点を現に責任ある立場にいたオッペンハイマーたちだけに帰属させて彼らを糾弾することはやさしいが、これは問題の解決には全然ならない。糾弾する側の人間にもまったく同じ弱点が程度の差はあれ備わっており、立場と状況次第では彼らも同じ過ちを十分に犯しうることをしっかり認識しておかなければならない。
いずれにせよ、こういった現実的な事情を別にすれば、「知識の専門家」という科学者の役割と、健全な常識的倫理判断とから、科学者の義務と社会的責任とは比較的容易に導き出すことができる。本当にむずかしいのは、その義務や責任を実際に、個々の科学者がおかれた状況で実践することである。ナチス・ドイツの原爆開発が進んでいないことを知ってマンハッタン・プロジェクトを去ったのはロートブラットであったが、パグウォッシュそのほかでの彼の後半生の活動は、一つの模範となるかもしれない。
これに関連して科学者は二つの点で特殊性を持っている。一つは科学の発見が原子力の平和利用をもたらすと同時に核兵器をもたらしたという例からわかるように、科学の発見の人類社会に及ぼす善悪両方の影響が極めて大きいので、科学者には今までになかった責任がかかっているということである。すなわち、かつては科学者は自分の専門の研究だけをしていればよかったが、今では、その研究の成果が人類に何をもたらすかをよく見定め、善についても悪についても、世の人びとにそれを周知させ、警告する仕事を引き受けねばならない。科学者がこれを引き受けねばならない理由は、科学者はその発見のもたらすものを普通の人びとより、より早く、より深く知っているからである。
もう一つの点は、科学者は、イデオロギーや、よしと信ずる政治体制が異なっていても共通の目的のために協力できるということを、その長い経験から最もよく知っているという点である。共通の目的のために異なる国の科学者が協力することが、ひいては国際間の緊張をゆるめる方向によい影響を与えるであろう。(朝永振一郎「戦争と科学者の責任」『著作集5』70-71)
朝永 1963:
昔は科学者の発見した自然法則が実際上の影響を社会に与えるまでに時間がかかった。多くの発見は、発見者の死んだあとに始めて社会に影響を与えるのが通例であった。したがってその影響に対して発見者は、あの世からこの世に口が出せない限り、何としても手の出しようのないことであった。しかし現在では事態が異なる。発見の多くは直ちに新技術の開発となり、その社会的影響は善悪いずれにせよ直ちにあらわれる。科学者はその目で影響を見うるし、しようと思えば、それを善の方に、また悪の方に向けることもできる。一歩ゆずって、善悪どちらの方に向けるかという決定は科学者以外の人がするとして、どういう使い方をすれば善になり、どういう使い方をすれば悪になるか、また、善用がどれだけ好ましいものであり、悪用がどれだけ破壊的なものであるかの正しい評価は科学者が科学上のデータに立って始めて行ない得ることである。したがって、少なくともここまでの作業の責任は、科学者が負わなければ誰も負うことのできないものである。(「パグウォッシュ会議の歴史」『著作集』5、154)
From my earliest days I had a passion for science. But science, the exercise of the supreme power of the human intellect, was always linked in my mind with benefit to people. I saw science as being in harmony with humanity. I did not imagine that the second half of my life would be spent on efforts to avert a mortal danger to humanity created by science. . . .
The time has come to formulate guidelines for the ethical conduct of scientists, perhaps in the form of a voluntary Hippocratic Oath. This would be particularly valuable for young scientists when they embark on a scientific career. The US Student Pugwash Group has taken up this idea - and that is very heartening. . . .
At a time when science plays such a powerful role in the life of society, when the destiny of the whole of mankind may hinge on the results of scientific research, it is incumbent on all scientists to be fully conscious of that role, and conduct themselves accordingly. I appeal to my fellow scientists to remember their responsibility to humanity.
From his speech for the Nobel Peace Prize. For his whole speach, click here.
経済学史学会98年度共通論題「J. S. ミルと現代」
概要
ミルの功利主義が批判されるとき、決まって取り上げられる問題の一つとして「快楽の質」の区別がある。問題の箇所は、『功利主義』(1863)第2章の第5段落から始まる。
二つの快楽のうち、両方を経験したすべての人、あるいはほとんどすべての人によって、一方の快楽がそれを選好しなければならないという道徳的義務感とはかかわりなくはっきりと選好されるならば、それが他方よりも望ましい快楽である。
このような快楽の優劣の区別に続いて、ミルはつぎのように論じる。この快楽の質の区別は、人々がもつ諸能力のうちで高い能力を行使する生存様式と低い能力を行使する生存様式との違いと密接な関わりをもつ。両方の能力を熟知する人々は、ほとんど例外なく、より高い能力を行使する生存様式のほうを確固として選好する。もっとも、高級な能力のある者を幸福にするにはそれだけ多くのものが必要であり、それに伴って苦痛を受ける機会も増すのだが、だからといって、より低い存在に落ちたいと望む者はほとんどいない。この事実を説明できるのは、人間がもつ尊厳あるいは品位の感覚である。すべての人は何らかの形でこれをもち、これと相容れない形で幸福になることはありえない。以上のように、ミルは快楽、能力、そしてそれらと人間の幸福のありかたとの関係をここで考察した。
さて、快楽の量とは別に質の高低を言おうとするこの議論にはもちろん問題があり、わたしはミルの質の区別を擁護しようとするつもりではない。しかし、ミルの誤りと混乱にもかかわらず、ここからの数段落は功利主義の価値論を整合的に展開しようとするとき、決して無視することのできない重要な論点をいくつか含んでいる。わたしの発表では、その論点をはっきりと取り出し、後のシジウィックや現代の功利主義理論の展開も視野に入れて、ミルの積極的な再評価を試みようとするものである。
(1)まず第一の論点は、ここでの議論において、ミルは快楽説価値論にはっきりと選好概念を導入したということである。
(2)また、彼は、快楽の質だけでなく量的比較がいかにおこなわれるかという、もっと基本的な論点に遡っていることに注意すべきである。異なる種類の快の比較だけでなく、そもそもなぜ快が善で苦が悪か、という快楽説価値論に対する最も基本的な疑問にも答えようとしている。
二つの苦痛のうちいずれが激しいか、ふたつの快い感覚のうちいずれが強烈であるかを決める手段として、両方をよく知った人々の一般的な同意以外にいかなる手段があるだろうか。複数の苦痛あるいは複数の快楽はそれぞれのうちで同質的ではないし、苦痛は常に快楽とは異質である。ある特定の快楽がある特定の苦痛という代償を払って得るに値すると決めるために、経験ある者の感情と判断以外にいったい何があるだろうか。(同、第8段落)
(3)ただし、価値論の理論的な問題と、それを現実問題に適用する際に生じるような実際的な問題とがともすれば混同されがちで、それが議論をわかりにくくしている。
(4)理論的な問題に話を限定するものとして、人々が現にあれをこれより選好することが、なぜ「あれがこれより望ましい」という価値判断を確立することになるのか。ミルの議論は、この根本的な疑問に(明確に答えてはいないけれども)注意を喚起する点でも重要である。
編集後記 京都大学国際教育プログラムについては、言いたい放題(実はまだ言い足りない!)書かせてもらったが、担当者からこういう声を続々とあげて早く終らせてもらいたい、というのがわたしの率直な意見である。もう半期やれという依頼もきたが、わたしはきっぱりと断った。「しかし、このニューズレターで披露したようなそれなりの成果があったではないか」と指摘する声があるかもしれない。しかし、それは「災いを転じて論文を書く」ようにわたしが努めてやったからにほかならない。アホな授業を引き受けなくてもこのくらいの仕事ならいつでもできる。いずれにせよ、アホなプログラムを執行部が続けるつもりなら、担当者(候補)は依頼を断って潰すほかはない。他人事だと思っているそこの先生がた、そのうち依頼が回ってきますよ!(内井惣七 Aug. 15, '98)
Corrected, Dec. 25, 1998; last modified March 26, 1999.
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