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科学哲学ニューズレター

No. 23, February 1, 1999

The Master's Theses and the Graduation Theses of this Year

Phil.&Hist. of Science, Kyoto University

(98年度修論・卒論特集)

[This issue is written in Japanese except for the titles of the theses; sorry for the English readers!]


今年も学生、教官双方にとって厳しい年度末がやってきた。大学院入試はもうすぐ始まるが、それに先立って卒業論文と修士論文の試問が2月3日、4日に行なわれる。今年度は、科学哲学科学史セミナーの発表で、学部生諸君は比較的スムーズに発表にこぎ着けたものの、修士の大学院生の発表がぎりぎりまでずれ込んで情けないかぎりであった。とくに、修士3年目の院生がこのザマではどうしようもない。来年度論文を書く人たちは、こんな悪例を見習わないよう、いまからしっかりと計画を立て、作業を始めるようにお願いしたい。

以下、各論文の内容を、内井の簡潔なレジメで紹介する。歯に衣着せぬ評価も書きたいところだが、それは、試問前でもあり、またプライヴァシーの侵害にもなるので、カンベンしてあげよう。(内井惣七)



●修士論文 (MASTER'S THESES)

石原明子「山本宣治の産児調節運動」

Akiko ISHIHARA, "YAMAMOTO Sennji on Birth-Control Movement"

山本宣治(1888-1929)の執筆活動と政治運動をたどり、そのなかでの彼の産児調節運動の意義を明らかにしようとする。新マルサス主義や優生学の見地からの産児制限思想もあったなかで、山本が産児「制限」ではなくなぜ産児「調節」という言葉を使ったか、彼が後年力を注いでいくプロレタリア運動のなかで産児調節はどのような意義を与えられるか、そして山本の経歴の初期の頃からの「人生生物学」の思想と産児調節運動とはどう関係するか。こういった問題が検討される。

井上和子「熱力学第二法則成立史について――ランキンの熱力学関数とクラウジウスのエントロピー――」

Kazuko INOUE, "The Establishment of the Second Law of Thermodynamics---Rankine's Thermodynamic Function and Clausius's Entropy"

現代では「エントロピー増大の法則」といわれる熱力学の第二法則はふつうクラウジウスに帰せられるが、実際の歴史は錯綜している。マクスウェルやギブズのコメントを手がかりにし、またドーブの1978年の論文の路線を継承し、もう少し踏み込んで、1850年から1854年までの関係論文を調べ、さらにクラウジウスの手稿にもあたって、第二法則とエントロピー概念の成立と先取権問題を究明する。論者の結論は、(1)熱力学の第一と第二の法則がともに成り立つことを最初に洞察したのはクラウジウス、(2)しかし、この事態を最初に一つの方程式で表したのはランキン、(3)またエントロピーに相当する概念を最初に発見したのもランキンであるが、(4)この概念を言葉できちんと表現したのはクラウジウスである。そして、(5)最後に、この概念のもつ重要な物理的意味を認識し、「エントロピー」と命名したのはクラウジウスである。



●卒業論文 (Graduation Theses)

金田明子「様相量化論理の有意味性と指示、本質主義」

Akiko KANEDA, "The Semantics of Quantified Modal Logic in relation to the Problems of Reference and Essentialism"

この論文は、クワインの様相論理批判からクリプキの『名指しと必然性』にいたる約30年間の議論を概観する。クワインの批判で強調された、様相論理における指示と本質主義の難点に着目し、これら二つの概念の関係を軸として議論の流れがまとめられる。(1)クワインの様相論理批判は、カルナップの意味論との対比で説明されるだけでなく、(2)クワインの『言葉と対象』での見解とも関係づけられる。また、(3)可能世界意味論以後の量化理論でクワインの批判が果たした役割も追跡される。そして、(4)最後に、「指示」と「本質主義」というふたつのキーコンセプトが、クワインとクリプキとではいかに違った理解になっているのかが示される。

瀬戸口明久「生物多様性と保全生物学の起源――アメリカにおける生態学と環境問題、1960〜1990――」

Akihisa SETOGUCHI, "The Origins of the Biodiversity and the Conservation Biology---Ecology and Environmental Problems in the United States, 1960--1990"

環境問題などを生み出した科学を俎上に乗せる研究は多いが、環境問題に対処するための科学を扱った研究は少ない。この論文では、1970年代なかばを境として変貌する「生態学」(生態系生態学から進化生態学へ)を軸として、「生物多様性問題」と「保全生物学」の起源を明らかにしようと試みる。生物学と社会問題とのダイナミックな相互作用のうちにその起源を見るべきであるという論者は、前記の「二種類」の生態学の背景と展開を分析し、保全生物学の制度化の過程も追って、その主張を裏づけようとしている。

藤原桜子「犯罪捜査における科学の利用――DNA鑑定の信頼性について――」

Sakurako FUJIWARA, "The Use of Science in Criminal Investigations---On the Reliability of DNA Analysis"

犯罪捜査において重要な科学的鑑定のうちでも、最近もっとも注目を浴びているDNA鑑定を取り上げた。DNA鑑定の原理と方法とを解説したのち、この鑑定法が用いられた実際の具体的事件に触れ、DNA鑑定のはらむいくつかの問題点を指摘する。DNA鑑定は統計的確率に基づく判断であり、ある種の主観性と誤りの可能性が入りうるので、その有効性に期待しつつも現状ではなお注意が必要である、というのが論者の結論である。


編集後記 各論文の評価は後のお楽しみ。内井惣七、 Feb. 1, 1999.

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February 1, 1999; last modified March 26, 1999.

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