科学哲学ニューズレター |
KAZUYUKI ITO, Galileo's Mathematical Atomism
Editor: Soshichi Uchii
ガリレオが『偽金鑑識官』(1621)の中で,自然という書物は数字と幾何学的図形という文字によって書かれていると述べ,自然現象の数学的探求を提唱したことは,近代西欧科学のマニフェストというべきものだった(2).彼は,晩年に出版した『新科学論議』(1638)において,落下法則の定式化と投射体軌道の数学的決定によって,数学的法則の定式化と精密測定による実験的確証という近代物理学の核心となるべきものを提示している(3).『偽金鑑識官』ではさらに,数学的法則性の探求と並んで近代科学の基盤となった,すべての自然現象を原子の運動に還元する機械論的自然観が主張されていた.物体の性質は,長さや重さ,運動のような物体の一次性質と,味や匂い,色のように感覚に依存する二次性質に区分され,前者が物体の真の属性であるのに対して,後者は物体を構成する「微小粒子」(particella
minimeaの運動と接触によって我々の感覚に引き起こされたものにすぎないのである(4).
ガリレオ自身は,原子あるいは微小粒子による自然現象の機械論的説明を体系的に展開することはなかったが,個別的な問題に関しては原子論による考察がなされていた.『浮体対話』(1612)では,水より比重の大きな金属片が水の上に浮かぶ現象に関して,デモクリトスの名を挙げて,水の粒子の運動によって金属片が支えられているという原子論の立場からの説明を試みていた(5).また『新科学論議』第1日において物体の凝集力の原因を検討した際に,原子論に言及している.『新科学論議』の後半部分である第3日・第4日では数学的運動論が展開されていたが,第2日は機械学の問題とくに物体の破壊に対する抵抗力について論じられていた.第1日における物体の凝集力の原因に関する考察は第2日で抵抗力について論じるための準備として行われたものである(6).そこでの議論は,数学的議論を物質に関する議論に持ち込んだものとして,原子論史の研究者からは低い評価しか与えられていないが(7),しかしながら以下に検討するように,ガリレオの数学的原子論は数学の自然研究への適用という彼の科学的方法に密接に結びついた重要なものだったのである.
2.物体の凝集力と原子論
ガリレイは『新科学論議』第1日において外力に対する物体の抵抗の例として,まず多くの繊維が集まってできている綱を挙げ,その抵抗力は繊維が螺線構造を持っていることによると論じている.ついで彼は,綱や木材のような繊維からなる構造を持たない物体の凝集力の問題へ進み,それらが引っ張りに対して示す抵抗力に関して二つの原因を指摘している.すなわち「自然が真空を認めることに対して持つ嫌悪」と「物体を構成する粒子を固く結合している膠あるいは粘性を持つもの,糊」である(8).
真空に対する嫌悪はアリストテレス以来主張されてきたものであるが,ガリレオはその大きさを実験によって検討し,それだけでは物体の凝集力を説明するには不十分であることを指摘する.彼によれば,むしろ第二の「物体の諸部分を結合する膠あるいは粘性をもつもの」の方が重要である.二つの板を引き離す例を用いて,各部分を結合している力はその微小部分の凝集力から生じると主張されている.二つの物体を引き離す際には各微小部分において真空が生じるので,それを無くそうとする力が生じ,それが外力に対する抵抗力となる.各々の抵抗力は微小なので外力によって容易に打ち負かされるけれども,非常に数が多いために全体では打ち負かすことが困難なほどに増大するのである.
さらにガリレオは,物体の凝集と膨張を説明するために有限な大きさの中に無数の真空が存在し得ることを説明している.「ある連続した有限な延長において無数の空虚があり得ることが矛盾しない」(9)ことの説明のために,彼は「アリストテレスの輪」という数学的な例を挙げている.
「アリストテレスの輪」と呼ばれた問題は,ルネサンスにはアリストテレスの著作と考えられていた『機械学』の中にあるものであり,当時の数学者が無限に関して論じる際によく取り上げられていた(10).その問題とは,上図のように,同心状の2つの輪を平面上で回転して転がす際に,一回転し終わったときに,小さい方の円周は大きい方の円周よりも短いにも関わらず,両方の円の中心が同じ距離だけ移動しているのはなぜかというものである.まず図1にあるように,同心状の2つの正六角形を考え,1つの角(すなわち60度)だけ回転するするとする.このとき,小さい方の六角形の辺は,2つの六角形の辺の差だけ跳躍する,すなわち辺IKはOPに移るために,IOだけ跳躍するのである.また2つの六角形の共通の中心Gは大きな六角形の辺の分だけ,すなわちGCだけ跳躍することになる.つぎに円を無数の辺からなる多角形と考え,多角形の辺を増やしていく.すると1つの角だけ回転したときに,小さな多角形の辺が跳躍する長さは減少するが,全体が1回転するための回転数は増大し,結局跳躍の総和は大きな多角形の周と小さな多角形の周の差になる.円の場合には,小円はもはや跳躍せず,その円周上の各点はCE上を滑っていき,中心もAD上を滑っていくことになる.
この例を用いてガリレオは,線分は「大きさのない部分,すなわちその無数の不可分者」から構成されているので,その間に「無数の空虚な空間」を挿入することによって線分を引き延ばすことが可能になると主張する.
連続的に配置された大円の無数の辺が通過した線分は,小円の無数の辺によって通過された線分に長さが等しいのですが,後者ではそれらの辺の間に同数の空虚が挿入されています.また辺の数は有限でなく無限であるように,挿入される空虚の数も有限ではなく無限です.すなわち前者の無数の点はすべて満たされていますが,後者の無数の点は一部は満たされ,一部は空虚なのです.そしてここで私はあなた方に次のことに注目してほしいのです.ある線分を有限の数の部分に,したがって数えられる部分に分解し分割しすると,それらを,連続して結合していた際に占めていた線分よりも大きな延長に配置することは,同数の空虚な空間を挿入しなくては不可能なのです.しかし線分を大きさのない部分に,すなわちその無数の不可分者に(in
parti non quante, cioe- ne' suoi infiniti indivisibili)分解したと考えるならば,有限な空虚な空間を挿入せずとも,無数の空虚な不可分な空間を挿入すれば,線分を無限に延ばすと捉えることができます.そして単純な線分について言われたことは,平面や立体についても,それらが無数の大きさのない原子(infiniti
atomi non quanti)から構成されると考えるならば,理解できるでしょう.それらを有限な数の部分に分割したいときには,疑いなく,それらを最初に立体が占めていたものよりも広い空間に配置できるには,有限な数の空虚な空間を挿入しなければなりません.空虚というのは,少なくとも立体の素材についてです.しかし数に限りのない無数の第一の構成要素に最高かつ最終的な分割がなされたと考えるならば,大きさのある空虚な空間を挿入しなくとも,無数の大きさのない空虚を挿入するだけでそのような構成要素は広大な空間に分散するとみなすことができるでしょう.そしてこのようにして,たとえば金の小球は,大きさのある真空の空間を認めることなく非常に広い空間に延びることは適切でしょう.だが金が無数の不可分なものから構成されていることを認めたならばですが(11).
我々から見れば,無限への移行は有限量に対して極限操作を行うことによって行われるのであるから,辺の数が増大していくのに従って各辺の長さは減小していくが,しかし微小であっても有限な値を持っている.無限小や無数といった無限量は,極限操作によって得られる可能的な存在であって,その性質は極限操作によって有限量と関係づけられるものである.それに対して,ガリレオが「大きさのない部分,すなわちその無数の不可分者」と述べる際には,無限量を現実的な存在と前提して,有限量の極限としてではなく,有限量とは別のレベルの量として捉えている.彼は有限量と無限量との間に一種の飛躍を認め,二つの量の間には埋めることのできない論理的飛躍が存在していると考えていた.
ガリレイによれば,平面や立体も同じ様に「無数の大きさのない原子」から構成されており,それらの間にやはり「無数の大きさのない空虚」を挿入することによって,物質はより広い空間を占めるように引き延ばすことができる.しかしこのガリレオの主張に対して,シンプリーチョは次のような疑問を提示している.
私には次の困難が思い浮かびます.もし二つの円の周囲が二つの直線CE,BFに対して,後者が連続して取られ,前者が無数の空虚な点が間に置かれたときにはそれらに等しいならば,一つの点に過ぎない中心によって描かれたADは,無数の点を含んでいるのですから,どうしてその中心に等しいと言うことができるのでしょう.さらに,点から線を,不可分なものから可分なものを,大きさのないものから大きさのあるものを構成することは私にはまったく越えることが困難な障害のように思われます.またそのことがアリストテレスによって大いに明瞭に否定された真空を認めねばならないということは,同様の困難を伴っているということです(12).
大きさのないものから大きさのあるものが構成されるという考えに関しては,ガリレオ自身も困難があるのを認めている.彼は,無数のものはその大きさのために,また「不可分者」はその小ささのために我々の有限な知性によっては理解できないと述べて,彼自身も十分な説明ができないことを示唆している.しかし彼は「ただの一点が一線分に等しい」ことを示す数学的な例を挙げて,無限というものが有限なものに対する我々の扱い方ではうまく取り扱うことができないことを納得させようとする.その例とは,二つの等しい面と,それらを底面とする体積の等しい二つの立体を考えるとき,いつも残りの部分が等しいように両者を減らしていくと,底面も体積も等しいままで,最後には一方は線分になり,他方は点になるというものである(13).
具体的には,Cを中心とする半円AFBとそれに接する長方形ADEBを考え,両者を半径CFの周りに回転させる.すると半円からは半球が,長方形からは円筒が,そして三角形CDFからは円錐が描かれる.円柱から半球を取り除いた部分を「鉢」と呼び,それと円錐の体積を考える.このとき,第1に「鉢」と円錐とは体積が等しいことが証明される.第2に「鉢」の底面の円に平行な平面GNによって「鉢」が点G,I,O,Nにおいて,また円錐が点H,Lにおいて切断されるとすると,円錐CHLは,断面を三角形GAI,BONとする「鉢」の部分とつねに等しいことが証明される.切断する面が点Cに近づくにつれて,前者は円錐の頂点Cになり,後者は「鉢」の上縁になる.よって一点と円周が等しいことになるのである.ガリレオは,この例から,無限なものに関して奇妙なことが生じるのは,大きいとか,小さいとか,等しいといった有限なものにしか適用できない性質を無限なものに適用することのためであると主張している.
ガリレイは無限量に対しては有限量に関する議論を適用できないことを説明するために,さらに平方数の個数の例を挙げていた(13).平方数の数はその根の数だけあり,またすべての数は平方数の根でもあるから,平方数は数と同じだけある.しかし数の大部分は平方数ではなく,調べる範囲を大きくするほど,平方数の密度は小さくなる.たとえば100までには10個の平方数があり,密度は1/10であるが,10000までには平方数は100個しかなく,密度は1/100になるのである.無限なものは,等しい,多い,少ないといった属性を持っていないのである.したがって長さの異なる線分を比べても,長い方が短い方よりも多くの点を含んでいるとは言えず,ただ両方とも無数の点を含んでいるとしか言えないのである.このように有限なものと無限なものとの間には越えることのできない隔たりが存在している.
ガリレオによれば,「連続なもの」(continuo)は,無数の「大きさのない部分」や「大きさのない原子」(atomo non quante)すなわち「不可分者」(indivisibile)から構成されている.有限な延長において無限の分割が可能な以上,それを構成する部分は大きさのないものでなければならない.もし部分が大きさを持つとするならば,無数の部分は無限の延長を作ることになるだろう.しかし連続的なものは絶えず分割可能であるから,実際に線分を無数の点に分解することは不可能であって,「不可分者」に到達することはできないのである(14).
このようなガリレオの原子論,無限に関する議論は特異なものであって,彼の「不可分者」の概念は,有限量の極限として存在する無限小量とは異質なものである.「不可分者」としての線分と,無数の線分から構成される平面図形の間を繋ぐ数学的方法は存在しなかった.彼は有限と無限の間に隔壁を置き,自ら「不可分者」への道を閉ざしてしまったのである.
3.「不可分者」の概念
前節で検討した物体の凝集力に関する議論の中で,ガリレオは「連続体」の構成要素として,無数の「大きさのない部分」すなわち「原子」あるいは「不可分者」を考えていた.ここで「原子」と同義語として用いられている「不可分者」という概念は,ガリレオの数学的運動論においても重要な役割を果たしていた.ガリレオは,加速運動を扱う際に,各瞬間の速度を表すものとして「速さの度合」(gradus
velocitatis)という概念を用い,一様加速運動を時間に比例して「速さの度合」が増大していく運動と定義している(15).そして一様加速運動における通過距離と時間の関係を導く際に,「速さの度合」を数学的に表現しているのが「不可分者」なのである.
「不可分者」という概念は,中世において,ギリシア語の「アトモス」(atomos)すなわち「分割されないもの」の翻訳語として用いられていた(16).中世では,アリストテレスが『自然学』で触れていた無限論が取り上げられ,無限概念がもたらす様々な問題が論じられている.その中の重要な問題の一つに,連続的なものが不可分なものすなわち原子から構成されるという原子論者の主張への批判があった.哲学者たちは,アリストテレスの主張を強化するために数学的な議論を用いる試みを行っている.たとえば,マートン学派のブラドワディーンは『連続論』(Tractatus
de continuo)において原子論を批判する議論を展開した際に,ユークリッドの『原論』をモデルとした数学的な論証を用いていた.幾何学的世界における点と物理的世界における原子を類比的に捉えて,大きさのない点=原子から,有限の大きさを持つ連続的なものは構成され得ないと主張している.
ルネサンスにおいて「不可分者」がどのように用いられていたのかに関してはほとんど知られていないが,ガリレオの時代では,彼の弟子でもあるカヴァリエリが求積問題にこの概念を適用し,数学的に体系化しようと試みていた.カヴァリエリは『不可分者による連続体の幾何学』(Geometria
continuorum indivisibilibus, 1635)において,「不可分者」の概念を用いて二つの図形の面積や体積を比較する方法を提示している(17).「不可分者」とは,平面図形における線分,立体図形における平面のように,元の図形よりも1次元低い図形を指している.
カヴァリエリによれば,平面図形における「不可分者」は次のようにして得られる.平面図形ABCを考え,その反対側にある二つの接線をEOとBCとする.それらを通る二つの平行な平面を取り,それらの一方たとえばEOを通過する平面が,BCに平行なままBCに一致するまで移動するとする.その運動を通じて,この移動面と図形ABCとの交線LH,PFなどが生じる.これらの交線すべてを取って,基準線BCに対して取られた図形ABCの「すべての線分」(omnes
lineae)と呼ぶのである.またABCが立体図形である場合には,移動面と図形ABCとの交わりは平面となり,それらすべてを取って,「すべての平面」(omnes
plani)と呼ぶ(18).「不可分者」とは,このようにして得られた平面図形における線分と立体図形における平面である.
平面図形の面積に関しては「すべての線分」が,また立体図形の体積に関しては「すべての平面」がその計測の尺度を与え,それらの集まりの比が面積あるいは体積の比に等しくなる.すなわち比較する2つの平面図形を無数の平行線に切断し,切断によって生じた,対応する線分の長さの比が一定の場合には,両者の面積の比はそれに等しい.また立体図形の体積の場合には,2つの立体図形を同じように無数の平行平面によって切断し,切断によって生じた,対応する平行面の面積の比が一定ならば,両者の体積の比はそれに等しい.
カヴァリエリはこの著作の出版のかなり以前から,「不可分者」の方法について,書簡の中でガリレオに相談しており,ガリレオもこの方法について考察していた.そして「不可分者」の方法は,『新科学論議』における落下法則の証明において非常に重要な役割を果たすことになる.ガリレオは,第3日の最初の命題である定理1において,一様加速運動を均等運動(等速運動)に還元する「中間速度定理」を証明し,その結果から次の定理2においてt二乗法則[通過距離は通過時間の二乗に比例する]を導出している.この「中間速度定理」は,一様加速運動による通過距離は,同じ時間において,その最終の「速さの度合」の半分の「速さの度合」での均等運動による通過距離に等しい,というものである(19).その定理1の証明は以下のようにして行われていた.
一様加速運動における運動時間をAB,最大かつ最終の速さの度合とEBすると,三角形AEB内にあるBEに平行な線分は各瞬間における「速さの度合」を表している.一方BEを二等分してできるBFを底辺とする長方形AGBFを作ると,その内にあるBFに平行な線分は,「増大しない均等な速さの度合」を表している.三角形と長方形に含まれる「すべての平行線の集まり」は互いに等しいので,「加速運動においては三角形AEB内の増大する平行線に従って,また均等運動においては平行四辺形GB[GFBA]内の平行線に従って同数の速さのモメントゥムが費やされる.…したがって明らかに,2つの可動体の一方は静止からの一様加速運動をし,他方は加速運動における最大の速さのモメントゥムの半分のモメントゥムに従う均等運動をする場合,両者が同じ時間のうちに通過する距離は等しくなる.」(20)
この証明では,各瞬間の速度を表す「速さの度合」が水平方向の線分によって表されているが,それらを含む三角形と長方形の面積は直接的には問題とされておらず,それらの面積が距離を表すとか,距離に対応するとは述べられていない.また通過距離は右の数直線CDによって表されているが,それと面積との関係についても触れられていない.そして一様加速運動と均等運動で「費やされる」「速さのモメントゥム」すなわち「速さの度合」の集まりが等しいことから,通過距離が等しいことが導かれるとされている.
以上のガリレオの証明は我々には不可解なものである.線分が「速さの度合」を表すとき,三角形と長方形の面積が通過距離を表し,面積が等しいので距離も等しいというのが我々の想定する証明の過程であるが,ガリレオは面積と距離との関係には何も触れておらず,彼には我々のような証明は考えられなかった.というのは,「速さの度合」と距離との間には,瞬間的速度と距離との間のような関係は存在しないからである.瞬間的速度とは,微小時間における通過距離と時間との比の極限であり,微小な時間単位における通過距離といってもよいものである.そして我々が加速運動における通過距離を求めるときには,通常区分求積法を出発点としている.すなわち通過時間を分割し,各時間間隔内においては速度の変化は微小であるとし,等速運動とみなしてその時間内における通過距離をグラフ上では長方形によって近似させ,全体の通過距離を長方形の面積の和によって近似する.時間に関しても有限な大きさを持つ微小な時間間隔をまず考え,その極限として瞬間を考えている.したがって,我々がグラフ上で考えているのは幅のない線分ではなく,非常に幅の小さな長方形であって,線分は幅を無限に小さくしていった極限として捉えられねばならない.
しかしガリレオの「不可分者」は元の図形とは次元の異なる量であって,この証明の場合にはまさに幅のない線分だったのである.そして彼によれば,有限の時間の中に無数の瞬間があるように有限な線分の中に無数の「速さの度合」が存在している.我々は,有限な時間分割から出発して分割数を無限に増加させていくことによって有限量と無限量を繋ぐが,彼には極限移行のような考えは存在しなかった.
ガリレオの「不可分者」を用いた落下法則の証明は,ホイヘンスによる,我々の区分求積法に近い方法を用いた証明に取って代わられてしまい,その法則の成果だけが受け継がれていくことになる(21).しかしこの「不可分者」による証明は,ガリレオにとっては,自然世界に数学を適用可能であることを主張する際の重要な根拠だった.
ガリレオが『新科学論議』第1日において,数学的事例を用いながら物理的世界の微細構造を説明しようとした際には,数学的「不可分者」である点は物理的「不可分者」すなわち「原子」に対応するものとして捉えられ,数学的な連続性と物理的な連続性が同一の構造を持つものと考えられていた.ガリレオにとって,数学的構造と物理的構造の同一性は,数学を物理的世界へ適用する際の正当性の根拠として極めて重要だったのである.ガリレオは『天文対話』と『新科学論議』を通じて,自然現象を探求する際に数学を用いることの正当性を繰り返し主張していた.アリストテレス主義者を代弁するシンプリーチョは,数学的世界と物理的世界は異なるものであって,数学的論理を物理現象に適用することは不当であると何度も指摘している.たしかに伝統的な学問観に従えば,自然界の考察に数学は適せず,数学的法則の把握など自然研究には不要である.すなわち「自然学的なことにおいては数学的証明の持つ必然性をつねに求めるべきではない」(22)
のである.
このような批判に対して,ガリレオは自分の立場を擁護するために,数学的世界と物理的世界の対応関係を主張する.『天文対話』第2日において,地球の自転を擁護するために,地上の物体が大地の回転によっても投げ出されないことの幾何学的証明について説明した際にもこの問題に触れている.まずシンプリーチョが「これらの数学的精妙さは抽象的には正しいが,感覚的で物理的な物質に適用されるときには対応しない」と反論し,その例として「球が平面と一点で接する」という数学者の原理は物質界には適用できないと主張する(23).それへの返答として,サルヴィアーティが「球が平面と一点で接する」ことの幾何学的証明を示したのに対し,さらにシンプリーチョは,その証明は抽象的な球についてであって,物質的な球については適用できないと反論する.サルヴィアーティは抽象的に生じることは同じ仕方で具体的にも生じると主張し,物質的な球が平面と一点で接しないとすれば,それは不完全な球と平面だからであって,両者が完全なものであれば,一点で接するはずであると述べている.しかしシンプリーチョは,物質的な形状には必ず不規則性が伴い,それゆえに完全な図形は物質界では得ないことを指摘する.サルヴィアーティはもはや返答することなく,些末な議論に入ってしまっていると述べて議論を無理矢理打ち切ってしまう(24).
『天文対話』では,ガリレオは結局,数学的世界と物理的世界の対応関係を納得できるような形では説明できなかった.『新科学論議』第1日においても,「アルキメデスの輪」の例の後で,シンプリーチョは数学的証明の自然現象への適用に対して次のような疑問を投げかけていた.
ここまであなたの行った考察と証明は,数学的で抽象的であって,感覚的な物質から離れたものであるので,物理的自然的な物質に適用しても,それらはこのような規則に従っては働かないでしょう(25).
このもっともなシンプリーチョの疑問に対して,またもサルヴィアーティはきちんと返答することなく,次の議論と進んでいくのだった.このようにこの問題に関する議論がきちんと決着が付けられないまま放置されてしまったのは,ガリレオ自身が自らの主張の限界を理解していたからではないだろうか.シンプリーチョが述べているように,物質的世界では完全な図形は存在せず,数学的法則も完全には成り立たないことはガリレオも認めざるを得なかったのである.
『新科学論議』第4日において投射体の運動を論じた際に,実際の投射体の運動は厳密にはパラボラ曲線にならないことをシンプリーチョは指摘している.なぜなら,我々は水平線を直線と仮定して議論しているが,水平線とは地球の中心から等距離点の集まりであるから本当は円でなければならなく,したがって直線上を運動していくとすれば,物体は次第に上昇することになってしまうのであって,等速運動が続くことはあり得ないからである.さらに空気という媒質の抵抗のために落下法則がそのまま成り立つことはないのだから,「このような不確実な前提によって証明されたことが,現実の経験において確証されるということはまったく確かでない」(26)と結論している.ガリレオも,投射体の運動が空気の抵抗によって正確に放物線を軌道を描かず,また自然落下運動においても,空気の抵抗のために速さは無限に増加せず,いずれ等速運動になることを認めている(27).
たしかにすべての物体が等しい速度で落下するようなことは日常的経験では起こらないが,しかし物質の抵抗を取り除いた世界,すなわち真空の世界では起こるはずなのである.ガリレオにとって数学的世界は,現実世界の彼方にある一種の理想的世界だったが,我々が理性によって到達できる世界であった.それは極限という操作によって可能になるのである.空気の抵抗を無限に小さくしていった極限においては,物体はすべて同じ速度で落下法則に従って運動するはずなのである.斜面の実験では,斜面を下降する物体に対する空気や斜面を構成する木材との摩擦を最小限にし,抵抗を無視できるようにすることが試みられていた(28).実験とは,経験に伴う付帯的な要因を排除することによって現実世界の中に数学的法則が成立するような状況を構築するものである.ガリレオは,「物理的な物質における無数の不可分者からの構成」(composizione
d'infiniti indivisivili nella materire fisiche)(29) を信じ,数学的世界と物質的世界の構造を同一視することによって,自然探求における数学的方法の有効性を正当化しようとしたのだった.
そのためには,数学的「点」がそうであるように物質的「原子」も大きさを持たず「不可分」でなければならなかった.大きさのあるものは必ず分割されねばならず,よってそれは不可分な最小単位ではあり得ない.そして有限な線分には無数の点が含まれている以上,点は有限な大きさを持つことはできないのである.同様に,物質的原子も有限な大きさを持つことはなかった.第1日における数学的無限に関するパラドクスの例におけるように,無限に関しては有限を扱う方法をそのまま適用することはできないのである.ガリレオは無限量を有限量から導出することをけっして認めなかった.
ガリレオの運動論においても,連続体の構成要素=原子=「不可分者」という関係は貫かれていた.彼は,有限時間中にも無数の瞬間が存在し,一様加速運動では各瞬間に「速さの度合」が獲得される以上,ある時間間隔においても無数の「速さの度合」が存在せねばならないとしている.そして物体は各々の「速さの度合」にとどまることなく,一瞬のうちに通過するのである.もし物体が各「速さの度合」に有限の時間だけ止まるとするならば,静止からの加速運動において,ある「速さの度合」に達するまでに,それよりも小さな無数の度合を通過せねばならない以上,それまでに無限の時間を必要とすることになるだろう.よって,ある長さの線分の中に無数の点が存在するように,ある時間間隔の中には無数の瞬間,そして無数の「速さの度合」が存在し,それらの点や瞬間はまったく大きさを持たないものでなければならなかった.したがって各瞬間に対応する「速さの度合」も数学的には幅を持たない線分として表されるのである.しかしそれら無数の「不可分者」から連続体が構成されるとガリレオは考える.
数学的点から線分が,瞬間から時間が,原子から物体が構成され,そして線分からは平面が構成される.だが運動において「速さの度合」からは何が構成されるのだろうか.「速さの度合」の集まりが表すのはどのような物理量であるかを,ガリレオは示すことができなかった.瞬間的速度と距離との関係を見いだすためには,大きさを持たない「不可分者」から,非常に小さくとも大きさを持つ無限小量への転換が必要だった.極限操作による有限量から無限小量への移行こそ,数学的運動論が次の段階へ進むために不可欠だったのである.しかし彼は「不可分者」と有限量を異なるレベルの量とみなし,両者を結びつける試みを否定したために,瞬間的速度と距離との関係を築くための糸口を見いだすことはなかった.彼の数学的原子論は,数学的世界と物理的世界の構成要素として「不可分者」を措定することによって,数学的言語による自然世界の探求に理論的基盤を提供するものだったが,その一方で彼の運動論を数学的に大きく限定していたのだった.
(1) 「数学的原子論」('mathematical atomism')という言葉はLe Grandによるものである.Cf. Le Grand, H. E., "Galileo's Matter Theory," in R.E. Butts and J.C. Pitt, eds., New Perspectives on Galileo, Dordrecht, 1978, pp. 197-208, esp. p. 198.
(2) 「哲学は,われわれの眼前にいつも開かれているこの壮大な書物(つまり宇宙です)のなかに記されているのです.けれども,そこに書いてある言葉を学び,文字を習得しておかなければ,理解することはできません.この書物は,数学の言葉と,三角形,円などの幾何学的図形という文字によって書かれています.この仲立ちがなければ,人間の力でこの書物の教えを理解することはできません.空しく迷宮の闇の中をさまようばかりです.」(Galileo, Il saggiatore, in Le opere di Galileo Galilei, a cura di A. Favaro, quarta edizione, Firenze, 1968, Vol. 6, p. 232)
(3) ガリレオは『天文対話』(1632)の第2日において落下法則に言及していた(Le opere, Vol. 7, pp. 254-6)が,その記述は断片的なものであって,数学的運動論が体系的になされたのは『新科学論議』の後半部分だった.
(4) Il saggiatore, in Le opere, Vol. 6, pp. 347-352.
(5) Discorso, in Le opere, Vol.4, pp.132-33. 正確な表題は『水上にあるもしくは水中を動くものに関する対話』(Discorso intorno alle cose che stanno in su lユacqua o che in quella si muovono)である.ガリレイの原子論に関しては,cf. Le Grand, H. E., "Galileoユs Matter Theory," Shea, W.R., "Galileo's Atomic Hypothesis," Ambix, 17 (1970), pp. 13-27.
(6) 物体の抵抗力に関する考察は材料力学の先駆として高く評価されている.材料力学の歴史に関しては,Truesdell, C.A., "The Rational Mechanics of Flexible or Elastic Bodies 1638-1788," in L. Euler, Opera Omnia, Series, 2, Vol. 11, Part 2, Zurich, 1960 ; Todhunter, I., A History of the Theory of Elasticity and of the Strength of Materials from Galilei to the Present Time, Cambridge, 1886-93; New York, 1960 ; ティモシェンコ『材料力学史』,最上武雄監訳・川口昌宏訳,東京,鹿島出版会,1974.
(7) Lasswitz, K., Geschichte der Atomistik vom Mittelalter bis Newton, Hamburg, II, pp.37-55; Van Melsen, A. G., From Atomos to Atom: The History of the Concept ATOM, Pittsburgh, 1952; New York, 1960, pp. 111-2.
(8) Discorsi, in Le opere, Vol. 8, p. 59.
(9) Ibid., p.68.
(10) [擬]アリストテレス『機械学』,第24章,副島民雄訳,『アリストテレス全集10小品集』,岩波書店,1969,pp. 187-191.この著作はルネサンスにおける機械学の発展において重要な役割を果たしていた.詳しくは,Rose, P.L., and Drake, S., "The Pseudo-Aristotelian Questions of Mechanics in Renaissance Culture," Studies in the Renaissance 18 (1971), pp.65-104.
(11) Discorsi, in Le opere, Vol. 8, pp. 71-2.ガリレイは,物質の圧縮についても「アリストテレスの輪」を用いて同様の議論を行っている(Discorsi, in Le opere, Vol. 8, pp. 93-6.)
(12) Ibid., pp.72-3.
(12) Ibid., pp. 74-5.
(13) Ibid., pp. 78-9.
(14) Ibid., pp. 91-2.
(15) Ibid., pp. 197-8. 「速さの度合」という概念は,中世後期の哲学者が加速運動を論じる際に用いたものである.中世の運動論に関しては,高橋憲一「中世スコラ学における運動論」,渡辺正雄編『科学の世界−その形成と展開−』,東京,1982,pp.22-43.Murdoch, J. E., and Sylla, E. D, "The Science of Motion," in Science in the Middle Ages, edited by D.C. Lindberg, Chicago, 1978, pp. 206-64.
(16) 中世の無限論に関しては,三浦伸夫「中世の無限論」,佐々木力編『科学史』,東京,1987,pp. 50-74; Murdoch, J. E., "Infnity and Continuity," in The Cambridge History of Later Medieval Philosophy, edited by N.Kretzman, A. Kenny, and J. Pinborg, Cambridge, 1982, pp. 564-91 ; Kretzmann, N., ed. Infinity and Continuity in Ancient and Medieval Thought, Cornell Uniersity Press, Ithaca, N.Y., 1982. ガリレイの「不可分者」の理論に関しては,Smith, A. M., "Galileo's Theory of Indivisibles: Revolution or Compromise," Journal of History of Ideas, 37 (1976), pp. 571-88; 中根美和子「『新科学論議』におけるガリレオの連続性概念」,『科学史研究』,33 (1994),pp. 193-99.
(17) カヴァリエリの理論に関しては,cf. Giusti, E., Bonaventura Cavalieri and the Theory of Indivisibles, Roma, 1980.; Andersen, K. "Cavalieri's Method of Indivisibles," Arcihve for History of Exact Sciences (1985), pp. 291-367.; De Gandt, F., "Cavalieriユs Indivisibles and Euclid's Canons," in Revolution and Continuity, Essay in the History and Philosophy of Early Modern Science, edited by R. Ariew and P. Barker, Washington, 1991, pp. 157-82.; Baroncelli (1992); Mancosu, P., Philosophy of Mathematics and Mathematical Practice in the Seventeenth Century, Oxford, 1996, pp. 34-64.
(18) Cavalieri, Geometria indivisibilibus continuorum nova, 1635, II, pp. 8-9; 1653, p. 105(筆者が参照したのは1653版である). Cf. Mancosu, op. cit., pp. 39-40.
(19) 『天文対話』では,「中間速度定理」は用いられず,その代わりに数学的には同じ結果を与える「二倍距離定理」[一様加速運動による通過距離に対して,同じ時間において,その最終の「速さの度合」での均等運動による通過距離は二倍にな]−が用いられている(Dialogo, in Le opere, Vol. 7, pp. 254-6).
(20) Discorsi, in Le opere, Vol. 8, pp. 208-9.
(21) Huygens, Horologium oscillatorium, in Oeuvres completes de Christiaan Huygens, Amsterdam, 1967 (reprint ed.), Tome 18, pp. 137-9. Cf. Blay, M., Les raisons de l'infini. Du monde clos a l'univers mathematique, Parius, 1993, pp. 43-56.
(22) Dialogo, in Le opere, Vol. 7, p. 38.
(23) Ibid., p. 229.
(24) Ibid., pp. 232-6.
(25) Discorsi, in Le opere, Vol. 8, p. 96.=
(26) Ibid., p. 274
(27) Ibid., pp. 278-9.
(28) Ibid., pp. 212-4.
(29) Ibid., p. 99.
※ 本稿は,「ガリレオの数学的原子論」『ルネサンスにおける自然観の総合的研究』(平成12年度科学研究費補助金:基盤研究(B)(1)研究報告書),2001年を電子化したものである. (c) Kazuyuki ITO
編集後記 今回は伊藤助教授の論文を掲載した。彼は現在学位論文を執筆中であり、完成が待たれる。(内井惣七)March 13, 2001
Last modified March 22, 2001