科学哲学ニューズレター |
No. 46, July 11, 2002
1. What do Darwin and Einstein Have in Common? by Soshichi Uchii
2. Our Activities in 2001
Editor: Soshichi Uchii
1. ダーウィンとアインシュタインはどこが似ているか?
──関西人のための科学哲学入門──
内井惣七
以下の解説は、2002年6月15日、京都大学文学研究科フォーラム(京都会館第2ホール)、シンポジウムでのわたしの発表に手を加えた(再構成した)もの。当日実演したように(9分間)、わたしは普段から関西弁で哲学をやっているので、公表するものとしては初めての試みとして、関西弁口語調でまとめてみた。事前に公表したアブストラクトはここ。
みなさん、「科学哲学」なんて堅苦しいモンはいったい何やと思いますか?こんな話、オーソドックスにやったらぜんぜんオモロないので、今日は「ダーウィンとアインシュタインはどこが似ているか?」という問いに答える過程で、もっと具体的にわかる話にしたいと思います(スライド1)。ま、科学と哲学はどう絡むかということがだいたいわかっていただけて、「それ意外とオモロイやんか!」と感じていただけたらエエと思います。
では、ダーウィンから始めます(スライド2)。この人は、自然淘汰説を核にした進化論を唱えた有名な人ですね。実は、わたしの見るところ、この人は「隠れ哲学者」なんです。この人は自分のことを唯物論者または唯物主義者─一人間の心を含めて、世の中何でも物質の働きに還元できるのや、という考え方です─一と呼びますが、その核心は、神さんや高尚にデザインされた目的抜きで、生物の適応が理解できるということです。適応ちゅうのは、手とか目とか、生物の器官の働きが実にうまいことできてる、生きていくのに便利なようにできてるということです。
ダーウィンの立場は、唯物主義というよりは還元主義と言うたほうがエエとわたしは思いますが、それは比較的晩年の著作『人間の由来』(1871)でようわかると思います。この本の中で、彼は「人間特有の性質て、どんなモンがあるのや?」と問いを立てたわけです(スライド3)。古今の人たちは、次のような候補を挙げてきました。
- (1)改善能力
- (2)道具使用
- (3)抽象、自意識、心理的個性
- (4)言語
- (5)道徳
しかし、ダーウィンは、このうちのどれをとっても、ほかの動物にある能力から進化によって到達しうるやないか、と逐一示そうとしました。とくに、最後の道徳能力についてまで、あの時代に、動物に見られる先駆的な能力に遡ろうとしたところが、ダーウィンのすごいところです。
ダーウィンの還元主義について、誤解のないように注意しておきたいと思います(スライド4)。彼は、人間がほかの動物とすべての能力について同じや、というアホな主張をしたわけやありません。彼のポイントは二つです。
- (1)人間の独自の能力は、他の動物と共通する生物学的基盤のうえでのみ理解しうること。
- (2)人間と他の動物の差は程度の差であり、進化によってつながること。
このように、一見したところ「独自の性質」に見えるものを、もっと基本的なところに遡って理解し直そうとする姿勢が、ダーウィンには顕著に見られます。
次に、アインシュタインに移りましょう。彼はご存じの通り、20世紀を代表する物理学者で、1905年の特殊相対性理論と1915年の一般相対性理論によって、物理学での空間と時間の見方を変えてしまいました(スライド5)。簡単に言えば、1905年の理論では、わたしとあなたが相対的に一様な運動をしている場合、二人に共通する空間と時間を前提しなくてもよろしい、わたしの空間とあなたの空間は別々でも物理学ができます、ということを示したわけです。空間と時間が観察者に相対的でも、物理法則は同じだ、というので「相対性」という名前がつけられました。
ところが、この特殊相対性理論では重力が扱えません。重力ちゅうのは、ニュートンが万有引力の法則であつかったやつです。太陽と惑星とは互いに引きつけ合ってますね。わたしは地球に引きつけられているので、ここにこうして立っているわけです。ところが、この重力を相対性理論で考慮に入れようとすると、めちゃくちゃ難しい。アインシュタインが働き盛りに十年かかってやっとたどり着いたのが一般相対性理論やというわけです。これも、簡単に言いますと、重力を考えに入れたら空間と時間は物質の分布に依存して「曲がる」という説です。「空間と時間が曲がる」というのは、理屈で説明しようとするとかえってわからんようになりますので、次の絵を見てください(スライド6)。右の絵と左の絵、同じ人物やのにえらい違って見えますね。赤い矢印は光の経路です。カーブが違いますね。「曲がる」ちゅうのは、手っ取り早く言えば、部分、部分で寸法が変わるということ、それも空間のなかの物だけが曲がるのではなくて、空間と時間の幾何学的構造自体がかわるということです。その構造は、難しい言葉では、「重力場」の構造ともいわれますが、物質の分布との相互作用で決まります。
そこで、ちょっと難しいところにさしかかりましたので、空間と時間の構造を扱う幾何学について、大事な区別を述べておきたいと思います。ギリシア時代の昔から、空間を扱うのは幾何学の課題や、ということになっています。しかし、数学的幾何学と、物理的幾何学とをしっかり区別してもらわなあきません(スライド7)。数学的幾何学では、抽象的な定義や公理から出発して、言えることは全部証明できます。その証明に、物差しも望遠鏡もいりません。他方、物理的幾何学では、測量士さんが町なかでやってはるように、物差しや光線を使って実際に測定せなあきません。この現実の世界のなかで成り立ってる幾何学を物理的測定を通じて確かめるのが物理幾何学の課題です。
しかし、では物理的幾何学は物理学だけの問題でしょうか?ちがいます。昔も今も、哲学が絡むんですねえ。昔の代表的な話をしますと、スライド8に出てくるニュートンとライプニッツは時空の本性をめぐって、哲学的な大喧嘩をしました。ニュートンは、物理学──いわゆるニュートン力学ですが──をやるためには、空間と時間の枠を設定しなければならず、どんな観察者にも共通する絶対的な空間と時間がなければならないと論じました。この空間は、三次元のユークリッド幾何学が成り立つ空間だと見なしたわけです。そして、決定的な点は、世界の中の事物がなくなっても、枠としての空間と時間は独立に存続すると見なしたことです。したがって、時空は絶対的であり、かつ独自の実体として存在することになります。これに対して猛然と反対したのがライプニッツで、「そんなアホなことはないやろ、事物あっての空間と時間で、空間時間てのは事物の間の関係にすぎん、事物に相対的にしかきまらへんのや」と主張しました。つまり、空間と時間が独自の存在か否かというのが二人の間の争点になったわけで、すでにご紹介したダーウィンが「人間には独自の性質があるか」という問いを追究したときと、哲学的にはよく似た問いが出ているのがわかります。ライプニッツの説は、時空の「関係説」と呼ばれますが、これは時空の存在を事物の間の関係に還元しようという路線です。
実は、アインシュタインもこういった哲学的問題を引き継ぎ、それと格闘したわけです。彼は、1905年の特殊相対性理論の論文からすでに明らかなように、余分な存在物はできるだけなくしていこうという姿勢の強い人です。二つの相対性理論は、時空の絶対説と相対説、時空の実体説と関係説の対立と論争に新紀元を開きました(スライド9)。相対運動だけをもとにして力学を築くというのは、まだ未完の難題ですが、時空の幾何学を重力場の構造に遡って基礎づけようとし、時空を独自の存在物として仮定するのはできるだけ避ける、という姿勢をアインシュタインは貫こうとしました。空間とは何か、時間とは何か?このような素朴で基本的な問いを分析し追究していくのは、科学と哲学双方の課題なのです。
そこで、ダーウィンとアインシュタインの共通点という、最初の問いに答えられる材料がそろいました。スライド10にまとめましたように、二人は、領域は違いますが、ともに還元主義の路線を追究したわけです。これが、二人の間の「哲学的コネクション」というわけで、哲学の観点をとらなければ、この共通点はなかなか見えてこないということを最後に強調しておきたいと思います。
2. 2001年度研究室活動記録
新しい年度になって、文学研究科全体の多忙と、編集長の身体的異変のため、ニューズレターの発行がとどこうっていた。新3回生は二名、桂省吾君と根本航佑君、修士課程には椿井真也君と三名の新顔が入った。後期博士課程に進学は、金田明子さん。昨年度の活動を振り返っておく。
4月 研究室オリエンテーション、新入生歓迎会
7月 ピッツバーグ大学へ留学する岸田君の送別会
9月 古川講師集中講義
2月 卒論・修論試問、卒業・修了生を送る会、文学研究科データベース発足(教官、院生の業績も入力)
3月 ピッツバーグ大学、科学哲学センター創立40年記念講演の一環として、内井教授が日本の科学哲学について講演
研究室業績
内井惣七 (教授)
The Human Genome Project: From Nature 409, Newsletter 40, April 3
Euler on Space and Time, Physics and Metaphysics, Newsletter 41, May 17
Notes on Mayo's Notion of Severity, PITT-PHIL-SCI00000311, July 3
Review of Julian Barbour's The End of Time, Newsletter 42, July 10
Review of Julian Barbour's The Discovery of Dynamics, Newsletter 43, October 16
適応主義の構造、『科学哲学』34-2、1-10、11月
本年度の卒業論文・修士論文特集、Newsletter 44、2月5日
確率、『事典・哲学の木』講談社、174-177、3月
Is Philosophy of Science Alive in the East? A Report from Japan, Center for Philosophy of Science, 40th Anniversary Lecture Series, March 14
ピッツバーグ再訪、そのほか、Newsletter 45, March 25
Is Philosophy of Science Alive in the East? A Report from Japan, PITT-PHIL-SCI00000585, March 25
伊藤和行(助教授)
論文等
「電子暗号の発展―秘匿と認証―」、『情報倫理学研究資料集3』(日本学術振興会 未来開拓学術研究推進事業電子社会システム「情報倫理の構築」プロジェクト), pp.47-60、(2001年6月)
「ルネサンスと科学革命をめぐって」、『科学史研究』,40巻,pp.227-229、(2001 年12月)
学会報告・講演
「ルネサンスと科学革命をめぐって」、日本科学史学会創立60周年記念パネルディス カッション「科学研究の方法と展望」,学士会館、(2001年4月)
「17世紀中国におけるイエズス会の科学伝道」、国際シンポジウム「ルネサンス」、 東京外国語大学、(2001年11月)
井上和子(D3)
研究発表
「ランキンの変容関数とクラウジウスのエントロピー」,日本科学史学会 第48回年会・総会(早稲田大学),2001年5月27日。講演概要『日本科学 史学会代48回年会研究発表講演要旨集』(2001年)p.64
「エントロピー発見史におけるランキンの役割」,化学史学会2001年度化学史研究発 表会(東京外国語大学・府中新キャンパス),2001年6月17日。講演概要『化学史研究』Vol.28,No.2(2001年)p.126
「エントロピー発見史におけるランキンの役割」,物理学史研究会(日本大学), 2001年7月7日 「ランキンの熱力学関数とクラウジウスのエントロピー(2)」,日本物理学会 第57 回年次大会(立命館大学びわこ・くさつキャンパス),2002年3月26日。講演概要『日本物理学会講演概要集 』Vol.57,Issue1,Part2(2002年)
「ランキンの熱力学関数とクラウジウスのエントロピー」,日本物理学会 第56回年次大会(中央大学多摩キャンパス),2001年3月29日。 講演概要 『日本物理学会講演概要集 』Vol.56,Issue1,Part2(2001年),p.343
澤井 直(D2)
研究発表
「レアルド・コロンボ『解剖学』におけるヒトと動物」,日本医史学会第 102回総会(東北大学),2001年9月29日-30日
「16世紀パドヴァ大学における解剖学の発展」,ルネサンス研究会2001年度第2回研 究発表会(同志社大学),2001年12月9日
網谷祐一(D1)
出版物(翻訳)
『現代の実践哲学−−−倫理と政治』,O・ヘッフェ著,風行社, 2001年12月15日発行,(第一章「原子力時代の倫理のために---九つのテーゼ」)
『知識と権力---クーン/ハイデガー/フーコー』ジョゼフ・ラウズ 著,法政大学出版局,2000年10月22日発行,(成定薫、阿曽沼明裕両氏との共訳)
発表
「E・マイヤーの生物学的種概念」,科学基礎論学会大会(信州大学),2001 年6月9日
小野田波里(M2)
研究発表:「相対性原理の物理的内容」,科学基礎論夏のセミナー 2001(北海道大学),2001年9月3日
July 11, 2002; last modified July 12, 2002. (c) Soshichi Uchii