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科学哲学ニューズレター

No. 48, December 5, 2002

Soshichi Uchii, Darwin's Demon

Editor: Soshichi Uchii


ダーウィンのデモン


ラプラスとマクスウェル

物理学の関係では、ある理論の目立った特徴をわかりやすく、ドラマティックに示すために、超人的な知性を持つ存在者がしばしば持ち出される。例えば、「ラプラスのデモン」(1812年)は、ニュートン力学が、適切な初期条件さえ与えられたなら、世界の諸物体の運動を一義的に決定できるという決定論的な性格をもつことを際だたせるために持ち出された工夫である。

ある知性が、与えられた時点において、自然を動かしているすべての力と自然を構成しているすべての存在物の各々の状況を知っているとし、さらにこれらの与えられた情報を分析する能力をもっているとしたならば、この知性は、同一の方程式のもとに宇宙のなかのもっとも大きな物体の運動も、またもっとも軽い原子の運動をも包摂せしめるであろう。この知性にとって不確かなものは何一つ存在しないであろうし、その目には未来も過去と同様に現存することであろう。(ラプラス『確率の哲学的試論』内井惣七訳、岩波文庫1997、10)

そのほか、熱力学を気体分子の運動に基づいて再構成しようとしたマクスウェルは、均一な状態にある気体(温度差がないのでエネルギーを取り出せないはず)を、仕事を費やさないでエネルギーを取り出せる状態に戻す「マクスウェルのデモン」を使って、分子運動の法則と熱力学の統計的法則とが異なるレベルの知識に振り分けられると論じた(1870年頃)。このデモンは、気体容器を二分する壁につけられた小さな窓を開閉して、速度の大きな気体分子を一方の部屋へ、速度の遅い気体分子を他方の部屋へ通過させるという役割しか果たさないのである。マクスウェルは、分子の速度を見分ける能力があれば、このように熱力学の法則に反する事態を実現できるはずだから、熱力学の知識は、われわれ不完全な人間の無知がある程度混入した不完全な知識だとして、分子レベルでの厳密な知識とは区別しようとしたのである。


ダーウィンのデモン

さて、前置きが長くなったが、生物や生命を扱う科学においては、このようなデモンは不可能ではないかと考えられるかもしれない。生き物の世界、生命あるものたちの世界は実に多様で複雑だと考えられるからである。生命の世界では、予見はそもそも不可能ではないのだろうか?しかし、ダーウィンの進化学説が初めて書きとめられた1842年の『スケッチ』と呼ばれる鉛筆書きの原稿(40枚たらず)において、そのようなデモンが現れてくる。ダーウィンは、飼育栽培のもとでの変異と人為淘汰による品種の改良について述べた後、自然状態での種の変化について論じ始める。

しかし、もし植物や動物のどの部分も変異するとしたなら、そして人間よりも際限なく賢明な(ただし全知の創造者ではない)存在者が何千年もの間にある目的にかなう変異をすべて選んでいくとしたならどうだろうか。例えば、ある地方では野ウサギが増えているので、あるイヌ科の動物が長い脚と鋭い視覚を備えたなら栄えるであろう、とこの存在者が予見したなら、グレイハウンドが生み出されるであろう。(『スケッチ』第1部2節)

ここで出てきた「人間よりも際限なく賢明な存在者」を「ダーウィンのデモン」と名づけておきたい。この引用のつづきでは、水生動物の水掻き、蜂を呼び寄せる植物、鳥に果実を食べてもらうことで種子を別の樹木の幹に運ばせる植物(おそらくヤドリギ)などが出てくる。この場所は、「自然淘汰」の原理が導入される直前の箇所である。

このデモンは、1844年の200ページあまりに拡充された『エッセイ』でも繰り返し現れ、1859年の『種の起源』では女性形に変わって「自然」の名のもとで生き延びている。しかし、それを確認する前に、ダーウィンのデモンをラプラスとマクスウェルのデモンと対比させて、その役割をもう少し詳しく特定しておきたい。


ダーウィンのデモンは選択するのみ

ダーウィンのデモンがこなす役割は、マクスウェルのデモンの役割とよく似ている。ラプラスのデモンが世界の初期状態を与えられ、法則によって過去や未来の状態を計算するだけなのに対し、マクスウェルのデモンは速度の大きい分子、速度の小さな分子を選んで窓を開閉し、二つの部屋に振り分けるという選択の役割を果たす。速度の大きな分子を左の部屋、小さな分子は右の部屋と入れる場所を決めたなら、デモンは窓の開閉によって、この区分に合致する分子は通し、この区分に反するような移動は禁じる(窓を閉じて反転させる)だけで、気体分子の速度を増減させる力はない。これほど単純ではないが、ダーウィンのデモンの役割も選択のみにあって、選択の対象となる変異(脚が長いとか短いとか、あるいは花が分泌する液の味や量の多少など)を生み出したりコントロールしたりする力は与えられていない。ただし、長大な時間をかけて選択を積み重ねることができるのである。


自然淘汰の擬人化

では、「人間よりも際限なく賢明な」という能力、知性あるいは予見能力は何に使われるのだろうか。それは、簡単に言えば、(1)微小な変異、あるいは人間の目ではわからないような体質や能力の差違の判別と、(2)それらの変異の判別に基づいておこなわれる、普通の因果関係に基づいた「生死や繁殖の予見」(長期にわたる)にほかならない。この点は、1844年の『エッセイ』で次のように述べられている。彼は、ガラパゴス諸島をモデルにしたような、比較的新しい火山島にたどり着いた生物群がどうなるかという思考実験に読者を誘う。

では、人間にはまったく知覚できない外的および内的組織の違いを見分けるに十分な能力を備え、前述のような状況のもとで生み出された生物の子孫を、何百年にもわたって注意深く観察し、どのような目的についても選択できるような存在者を仮定してみよう。わたしには、彼が新しい目的に適応した新しい品種を作り出せない、などというどんな理由がありうるのか、まったくわからない。・・・十分な時間があれば、そのような存在者は、ほとんどどんな結果でも理にかなって目指すことができよう。(『エッセイ』第1部第2章)

この存在者が「選択する」というのはどういう意味かといえば、ある生物がもって生まれた変異(形質や能力)ゆえに、与えられた環境のもとで「生き残りやすいか否か」、「子孫を増やしやすいか否か」という、「生死および繁殖のふるい」にかかるということで、これがすなわち「自然淘汰」の比喩的な表現になっているというわけである。この選択が基づいている予見は、ラプラスのデモンのような決定論的な予見ではない。ダーウィンのデモンは、自分が選んだ個体がいつ死ぬか、子孫をいくら残すか正確に予見する必要はない。ただ、統計的な見込みとして、そのような結果に至るであろう程度の差(統計的な規則性)を見抜けばよい。その「程度の差」が個体数の差になって現実の結果になるかどうかは、複雑な因果関係と長大な時間が解決してくれる。


ダーウィンのデモンは自然そのもの

かくして、『種の起源』第4章では、デモンはいまや女性形の「自然」となって、次のように記述される。

人間は外的で目に見える形質にのみ働きかけることができる。自然は、見かけには、それがある生物にとって有用である場合を除いて、かかわらない。彼女[自然]は,どのような内的器官にも、体質のどのような小さな違いにも、また生命の機構全体にも働きかけることができる。人間は自分自身の利益のためにのみ選択する。自然は彼女が面倒を見ている生物の利益のためにのみ選択する。・・・自然のもとでは、構造や体質のわずかな違いでも、生存闘争においてうまく釣り合っていた天秤を傾かせて、そのわずかな違いが生き延びることになる。人間の望みや努力はいかに移ろいやすく、彼の時間はいかに短いものであろうか!そこで、また、自然が地質学的時代のすべてを通じて積み重ねてきたものに比べて、人間が生み出したものはいかに貧弱なものであろうか。・・・

次のように言ってもよいだろう。自然淘汰は、毎日、毎時間、全世界にわたって、すべての変異を最も小さなものについても入念に調べ、悪いものは捨ててよいものはすべて保存し集積している。静かに、目立たないように、機会がある時と場所では常に、各々の生物を、その生活が依存する有機的および無機的条件との関係において改善しようと務めている。われわれは、このように進行している緩やかな変化を、時間の針が時代の長い経過を指し示すまで見ることができないし、しかも、遠い昔の地質学的時代についてのわれわれの知見はきわめて不完全なので、生命の諸形態が現在は昔と違うということしかわれわれには見えない。

壮年時代のある期を境に完全に無神論者(ダーウィン自身の言葉では「唯物論者」)となったダーウィンにとって、「造物主」にも「永遠」という言葉にも大した意味はなかったはずである。しかし、自然が歩んできた長大な時間、そしてこれからも歩み続ける長大な時間が「永遠」の代替物となったのであり、それがまたダーウィンのデモン(女性形)の仕事の場ともなったのである。


編集後記 最後に妙なオチがついているのは、この雑文を依頼してきたさる出版社の「特集テーマ」に合わせたため。「生と永遠」だそうな。それはそれとして、「ダーウィンのデモン」はこれまであまり論じられてこなかったように見受けられる。今年度後期にダーウィンのアンソロジーを読んだささやかな副産物として、書きとめておくだけの値打ちはあると考えた次第である。(内井惣七)


December 5, 2002. (c) Soshichi Uchii

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