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科学哲学ニューズレター

No.6, December 1994

1. S. Uchii, "M. Dummett's Lecture in Kyoto"
2. Abstract of Uchii's presentation "Probabilistic Revolution" for Kansai Phil. Assoc.
3. Preview: S. Uchii's Introduction to Philosophy of Science


1. ダメット教授講演会

さる11月7日(月)に京大会館でオックスフォード大学のマイケル・ダメット名誉教授の講演会が行なわれた(当研究室と京都科学哲学コロキアムとの共催)。フレーゲ研究の大家であり直観主義に影響を受けた反実在論の立場で知られるダメット教授は、東京都立大学の野本和幸教授らの尽力により日本学術振興会の招きで10月下旬から11月中旬にかけて日本を訪れた。教授は、健康状態にやや不安があるということであったが、東京でセミナーと講演会、京都では講演会という予定どおりのスケジュールをこなされ、無事イギリスに帰国された。


ダメット教授講演会 (Photo by K.Nomoto)

“Existence, Possibility and Time”と題された京都の講演会では、ギーチによる「存在」の二つの意味の区別から出発したダメット教授の哲学的考察が展開された。ギーチによれば、(1)存在の限量子は無時間的な意味を表し、(2)現実性の述語としての「存在」は(例えば、「ドドという鳥はもはや存在しない」という主張におけるように) 時間的限定を要する。ダメット教授はこの分類の難点を指摘し、それを克服するため、存在と時間との関係を明らかにできるような意味論の候補を二つ考察し比較する。一つはプライアーが創始した「時制論理」の意味論である。もう一つは無時制の意味論である。
どちらでもこの問題についてはほぼ満足のいく取り扱いが可能であることを示唆した後、ダメット教授は、「時制のついた存在の取り扱い方としてどちらの意味論が正しいのか」と問題提起する。ふたつの優劣を論じるためには、認識論的要求(われわれの言語理解を正しく再現する)と形而上学的要求(命題の真偽を決定する実在を正しく再現する)に関して、二つの意味論がどれほど満足のいくものかを比較しなければならない、とダメット教授は論じる。彼の長年の主張によれば、形而上学的問題の解決を与えるための最善の道は意味論的探求であるはずであった。しかし、存在と時間の問題についてはこの道では解決にたどり着けそうにないというのがダメット教授の講演での到達点である。
ダメット教授の論文と同様、必ずしも明快でわかりやすいとは言えない話であったが、みずからの哲学的立場に不調和な結果を敢えて認めるというダメット教授の誠実な思索に、多数の聴衆は感銘を覚えたはずである。

2. 関西哲学会94年度大会の研究発表より
内井惣七「確率革命、または確率概念の科学への浸透」

十九世紀の科学における確率概念の浸透は哲学的にきわめて興味深い様相を呈している。この研究発表では、(1)十九世紀の確率・統計思想で重要な役割を果たした最小二乗法(最善の測定値を求めるための方法)の成立過程と確率論との関わり、および(2)古典的確率論が科学方法論及ぼした影響を概観した後、(3)この時代の具体的科学理論に即して確率概念が本質的にからむ哲学的問題を指摘して、(4)科学観の重要な転換がもたらされたことを論じる予定であった。しかし、時間的な制限のため、全体的なアウトラインを示したほかは、ラプラスの古典的確率論で内在していた一問題(決定論的な世界観と確率とがいかに共存しうるか)が、マクスウェルの気体分子運動論でどのような形をとって再現したかを例示できたに留まった。ダーウィンやウォレスの進化論にも言及したもう少しまとまった話は、内井の近著の一部で展開されるはずである。

3. 近刊予告

内井惣七『科学哲学入門』(仮題)、世界思想社、'95

1「科学と哲学」 朝永振一郎と中谷宇吉郎という日本の代表的な物理学者二人の科学の見方を対比させ、科学哲学の基本問題とアプローチの仕方を提示する。
2「自然科学の方法」 科学の本質的な特徴は素材ではなく方法にあるという見解を検討するため、ニュートンから19世紀の後半に至る科学方法論を調べ、帰納法、仮説法、および確率・統計的方法の展開の跡をたどる。
3「反証主義」 ポパーの提唱する反証主義による科学の見方を批判的に検討し、新たな「帰納主義」の復権を主張する。
4「科学的説明」 科学的説明の分析を19世紀に遡って検討し、現代の問題点まで見渡す。科学の方法と同様、説明に関する見方も歴史的に変化する。科学的説明を統一的に把握しようとする試みにはどうしても無理がある。
5「理論、観察、測定」 いわゆる「新科学哲学」の共通テーゼとして認められている「観察の理論負荷性」の再検討を試みる。定量的測定データには「理論負荷性」を認める必要はないというのが暫定的結論。
6「仮説の形成と確証」 仮説の形成と確証における「論理」を解明するための一つのモデルを提示する。穏やかなベイズ主義(主観主義確率論)の枠内で「発見の文脈」と「確証の文脈」の問題を共に扱おうというのが新機軸である。
7「科学理論の変遷」 前章で提示されたベイズ主義の立場から、クーンの『科学革命の構造』で示された重要な洞察をいくつか建設的(合理主義的)に再解釈しようと試みる。
8「科学の目的」 科学を特徴づけるためにはどこに着目すべきか、最初の基本問題に対する答えを示す。科学的実在論ではなく、反実在論に共感が示される。


(94.12.8/ 内井惣七)

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