歴史としてのヨーロッパ・アイデンティティ
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  グローバル化時代に相応しい人文学研究のあり方を探求しようとする際、長い歴史的歩みの中で人文学(humanities)を生み出し発展させてきたヨーロッパは、アジアの古典文明とならんで、われわれに最も上質で豊かな参考例を提供してくれるといって過言ではなかろう。本研究会「ヨーロッパにおける人文学知形成の歴史的構図」は、このヨーロッパにおける人文学の発展、人文学知の形成を、主に歴史学研究の観点から多面的に明らかにしようと試みるプロジェクトである。

  ここでいうヨーロッパの人文学ないし人文学知とは、古代ギリシアにおいて誕生し、歴史の流れの中でさまざまな変化を遂げながら、人文学的教養として発展してきたものであり、哲学・歴史学・文学ほか、近代の高等教育体系の中で多面的に研究・教育されてきたものをまずは指している。しかし、われわれのプロジェクトは、歴史上高度な教養の担い手と想定されるエリート階層ばかりでなく、広く一般の人々の「知」の様態にも目を向け、歴史の全体において「教養」の形成や獲得過程、そして人文学知の社会全体における意義を明らかにすることを目指している。

  本プロジェクトの第1年目としての本年度、われわれはヨーロッパのとくに近代における人文学の発展の具体的様態やそれに内在する思想・心性を解き明かすことを目標に掲げて活動している。その際、人文学が具体的に発展する中で大学が果たした役割が重要な論点として浮上してきた。また、人文学の発展において核となってきた思想、とくに人文主義や啓蒙思想に関して、学問・芸術的な側面だけでなく、政治・社会との間の関係を深く理解して初めてその真の像に迫ることができることを研究の過程で痛切に感じている。

  そこで、われわれは、こうした論点についてさらに理解を深めるために、より立ち入った検討をシンポジウムの形でおこなうことを企画した。海外より二人の第一線で活躍する歴史学者を招へいするとともに、当該問題について示唆に富む見解を発表している日本人研究者二人に加わってもらい、合計4名の方々に基調報告をしていただいた上で、参加者全員で討論をおこないたいと考えている。

  人文学知は、初期近代ヨーロッパの知識人が共有する知的基盤であった。ラテン語(のちにはフランス語)を共通語とする知識人たちは、「文芸」(bonae litterae)に対する崇拝によって結ばれ、しばしば国家や宗教の境界を越えて知的に交流した。その意味では、古典的教養こそが、近世ヨーロッパの「文芸共和国」(respublica litteraria; république de lettres) ― それは、「第二のヨーロッパ統合」(クシシトフ・ポミアン)とも呼ばれる ― を結びつける絆であったともいえよう。それでは、大西洋岸からポーランド・リトアニアまで広がるこの「文芸共和国」において、人文学知は具体的にどのような人々によって担われ、どのような形で社会的・政治的実践と結びついていたのだろうか。またルネサンス(16・17世紀)と啓蒙の時代(18世紀)では、知識人の古典的教養に対する姿勢に、何らかの違いが認められるであろうか。

  本シンポジウムでは、まず、エドヴァルト・オパリンスキ氏より、16・17世紀のポーランドにおいて人文主義的教養が政治的実践の場でもった意義について、次いで森村敏己氏より、18世紀フランスのフィロゾーフの奢侈論や商業論において古典古代に関する歴史的知識がどのように機能していたかという問題について、御報告いただく予定である。これらの報告を通して、初期近代ヨーロッパにおける人文学知の特質と地域的・時代的な差異について、比較史と関係史の双方の視点から議論することができるのではないかと考えている。

  ところで、近代ヨーロッパにおける人文学知のめざましい発展については、人文学の研究と教育の場として19世紀以降急速な拡充を遂げた大学の存在を抜きにしては語れない。本シンポジウムでは、初期近代における人文学知に関する議論を受けて、さらに19世紀以降の人文学知の特質と社会的意義を探るために、人文学研究・教育の発展と「大学」の実態を具体的に解明する作業へと進みたい。まず、ローマ史研究とラテン碑文学に巨大な業績をもつヴェルナー・エック氏が、近現代ドイツにおける古代史研究・教育の発展と大学の役割、そして古代史・古典学の研究・教育が有する社会的意義に関して報告する。次いで、古典学と法学の両方に通じた葛西康徳氏が、19世紀以降のイギリスにおける古典学の発展と大学の役割、そしてその社会的意義を、オックスフォード大学を主たる素材とし、また古典学と対比される実践的な学問たる法学の研究・教育と比較しつつ、具体的に明らかにする。これらの報告によって、ルネサンス以来の蓄積を踏まえながらも、地中海から離れたドイツ、イギリスの両国で地中海文明の遺産たる古代史・古典学が最も大きく花開き、人文学の代表といってよい地位を得た事情、またその後に抱えることになった問題点を、その深部において理解するための有効な手がかりが与えられよう。

 以上のような基調報告によって、近代ヨーロッパ史における人文学とそれを支える人文主義の骨太の流れが明らかにされ、伝統の形成ばかりでなく変容も理解されることになろう。われわれは、基調報告を伺い、またお二人のコメンテーターの論評からも学びながら、それらの提起する数多くの問題点のうちから特に重要な論点を選び出して討論をおこなうことにしたい。本シンポジウムは性急な結論を目指すものではないが、21世紀に相応しい人文学のあり方を考える上で有益な成果を得るばかりでなく、大きな転換期を迎えている日本の大学で人文系の学問の研究と教育に関わっている教員・学生にとり、たいへん貴重な示唆を与えてくれるだろうと主催者は期待している。




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京都大学大学院文学研究科/21世紀COEプログラム
「グローバル化時代の多元的人文学の拠点形成」
13研究会「ヨーロッパにおける人文学知形成の歴史的構図」
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