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ご挨拶 | |
研究会代表 服部 良久 |
京都大学大学院文学研究科の21世紀COEプログラムのプロジェクト「グローバル時代の多元的人文学の拠点形成」がすでに開始されましたが、このプロジェクトの中で私ども西洋史学のメンバーは、「歴史としてのヨーロッパ・アイデンティティ」をテーマとする研究会を発足させました。この研究会は研究室の院生など若手研究者を加えるとともに、学外の研究者の協力をも得、また文学研究科における同じくCOEプログラムの、文学・言語学領域の研究会とも交流する予定です。すでに11月初めには、研究会の立ち上げとすべく、全国規模のシンポジウムを開催致しました。今後、研究会においてその成果と問題点を整理しつつ、鋭意研究を進めていく予定です。 今後の研究会の予定は随時お知らせ致しますので、自由にご参加下されば幸いです。 この研究会の目的、計画、メンバーは以下の通りです。 <研究目的> 政治・経済・文化の諸次元における「グローバル化」の波をうけて、歴史研究者がこれまで暗黙の前提としてきた近代国民国家(あるいは近代歴史学)の価値観や枠組みが、今日深刻な動揺にさらされている。例えば、ヨーロッパ連合の成立は、西洋史研究者が対象とする現実の歴史空間を大きく変容させた。このトランスナショナルな共同体はアイデンティティ複合(地域・国民国家・ヨーロッパ連合)の問題を顕在化させただけでなく、「彼らの内なる非ヨーロッパ的要素」との相克をいっそう深刻なものにしている。拡大EUという「複合的大地域」がはらむこれらの矛盾に関しては、すでに社会学や国際政治学からの同時代的・空間的分析があるが、歴史学の立場からはこれをいかに捉え返すことができるであろうか。例えば、古代史をはじめとする前近代史からは、各時代のリージョナル・ナショナル・トランスナショナルな結合のあり方を探り、近代以降にイメージされるヨーロッパ像を解釈し直すことも一つの方法である。また、今日の西洋史研究者が研究対象とする空間は、狭義のヨーロッパをはるかに超えた広領域にわたっており、これらの地域から「ヨーロッパの自己意識」を問い直すことは、西洋史研究の自己検証に不可欠な作業となる。 本研究は、非ヨーロッパ人という距離感覚を生かしつつ、また安直なオリエンタリズム批判にも陥ることなく、ヨーロッパ・アイデンティティの特質を捉えようとする。その際、今日のEU拡大と密接に結びついたヨーロッパ・アイデンティティや、その影響下に進められている新しいヨーロッパ史研究の動向を検討することのみならず、上に記したように、前近代の様々な時代、地域における多様なアイデンティティの重層的、複合的関係をも明らかにすることをめざす。このような多様なアイデンティティを規定する要因として具体的には、歴史意識、神話と伝承、言語マイノリティ、地域と国家の関係、人と物のトランスナショナルな動き、植民地と帝国、移民など、現代世界に連なる様々な問題をとりあげる。 研究遂行に際しては、狭義の西洋史以外の研究に従事するメンバーの参加により、ヨーロッパ史をその外部より捉え直すこと、ヨーロッパ人研究者との交流・共同研究をもおこなうことにより、外国史研究としての本研究の意義を確認すること、グローバル化やアイデンティティについて新しい感覚を持つであろう大学院生など若手研究者をメンバーとして、また随時研究会参加者として加えることにつとめる。 本研究は、その成果をふまえて、最終的には21世紀にふさわしい世界史像の構築に向けた提言をおこなうことを目指すものである。 <研究計画> 平成14年度 研究会構成員以外にも広く研究協力者を得て11月初めに、「歴史としてのヨーロッパ・アイデンティティ」と題するシンポジウムを開催する。12月と翌年3月に研究会を開催し、シンポジウムにおいて明らかにされた問題点を整理・検討する。それによって,「研究目的」に記した問題設定が、古代、中・近世、近・現代の各地域において持ちうる意味を確認し、個々の研究会構成員の研究分担を設定する。また次年度における研究スケジュールをたて、同時に可能な分野から、具体的な研究をすすめていく。その際、西洋史学専修所属研究会メンバーを中心とする小規模な研究打ち合わせは随時開催して、研究の方向を検討・確認し、研究成果の提示のあり方について立ち入った検討をおこなう。この中心メンバーは、文献・史料の情報収集につとめ、マイクロフィルムや映像資料等もふくめた広範囲にわたる資・史料を収集し、研究会構成員全体の利用に供する。 平成15年度 前年度を受けて、研究会メンバーの個別の研究を深めるとともに、外国人研究者を招聘して、共同研究をおこなう。隔月に研究会を持つ他、2度、外国人研究者を含めたシンポジウムを開催する。こうした頻繁な研究会活動を通して、ヨーロッパ史研究者・非ヨーロッパ地域研究者による、地域・時代の枠を越えた研究報告と意見交換・討論をすすめ、研究目的に挙げた視点から、ヨーロッパ・アイデンティティの特質と、その世界史的意味・問題点を明らかにする。この年度には、ヨーロッパから共同研究者を招聘するだけでなく、研究会メンバーが渡欧することにより、統合の進むヨーロッパにおける人々の意識にふれつつ、その地の学界状況を把握し、また研究者レベルの相互交流の拠点を形成することに努める。このような渡欧研究においては、とくに若手研究者の活動を積極的に支援する。 一定の段階で成果を報告書にまとめるが、報告書には招聘した外国人研究者の成果もあわせて掲載し、さらなる討論の材料とする。また、研究成果報告書とは別に、研究成果を広く社会にたいして公開するため、年内に谷川稔教授を編者とする書物を刊行する。 <研究会メンバー>
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活動報告 シンポジウム 歴史としてのヨーロッパ・アイデンティティ ―新しいヨーロッパ史像を求めて― 日時: 2002年11月3日 午後1時〜6時 場所: 京大会館 報告: 庄子 大亮(京都大学) 「古代ギリシアとヨーロッパ・アイデンティティ ―ヨーロッパの源流としてのギリシア像再考― 」 小山 哲(京都大学) 「ヨーロッパ統合と東中欧史の構築 ―「妹」の居場所を求めて― 」 原 聖(女子美術大学) 「ブルターニュにとってのブリタニアとケルト ―精神史としての起源史― 」 コメンテーター: 江川 温(大阪大学)、井野瀬 久美惠(甲南大学) 司会: 谷川 稔(京都大学)、服部 良久(京都大学) EUとその東方拡大による「新しいヨーロッパ」の形成は、近代国民国家を中心とする19、20世紀以来の歴史認識の枠組みに、根本的な再検討を迫っている。このシンポジウムは、ヨーロッパ連合というトランスナショナルな共同体(複合的大地域)がはらむ諸問題を、歴史学の立場から多角的に再解釈することをめざして企画された。アイデンティティ複合(地域・国民国家・EU)や多文化混交がもたらす相克については、すでに国際政治学や国際社会学による同時代的・空間的分析があるが、ここでは、歴史の時間軸を遡り、古代史から中・近世史におけるリージョナル・ナショナル・トランスナショナルな結合をふまえた、表象としての「ヨーロッパ意識」のあり方を検討した。同時にそれらを、近現代におけるヨーロッパ世界の確立とその起源神話の「読み替え」の問題ともつきあわせる形で議論は展開された。 当日は、全国からおよそ150名の参加者を得て、会場は議論の熱気で包まれた。コメンテーターから、中世西欧世界や近代イギリス(連合王国)の自己意識をふまえた議論が提出されたほか、フロアからも、古代ローマ帝国にはじまって、ビザンツ帝国、オスマン・トルコ、現代ロシア、中欧・ハンガリー、近代ドイツ、アメリカ、中世イタリア、古代アフリカにいたるまで、さまざまな地域と時代からの発言が相次ぎ、盛況のうちに時間が尽きた。なお、この日に提出されたさまざまな問題をふまえて、さらに数回の研究会を持ち、同テーマの共同研究論文集の公刊をめざすことを確認して散会した。 (文責:谷川 稔) |
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報告要旨 古代ギリシアとヨーロッパ・アイデンティティ ―ヨーロッパの源流としてのギリシア像再考― |
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庄子 大亮 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
古代ギリシア文化は、ヨーロッパの源流として位置づけられてきた。しかし一方で、そのギリシア理解はヨーロッパ中心史観批判の争点となっている。本報告では、ヨーロッパ中心史観に批判的スタンスを取りつつも、単純にそれをあげつらうのではなく、古代ギリシアとヨーロッパ・アイデンティティの関わり、そしてそこに潜む問題について考えたい。 一般に、前五世紀はじめのペルシア戦争を契機として、蔑視すべきバルバロイ(異民族)を自己に対置した「ギリシア人」が誕生したとされてきた。しかし、そのような図式の背景には、ペルシア戦争勝利に中心的役割を果たしたアテナイが、バルバロイ像を喧伝し、自らが「ギリシア文化」を体現するとした言説があり、そのイメージが特に近代以降、ヨーロッパの源流としてのギリシア史像形成において利用されたのであった。「オリエントにも目を向ける」というヨーロッパ中心史観批判にも、こうした一枚岩的な「ギリシア文化」という実体の前提が垣間見え、実は、オリエントとギリシア(ヨーロッパ)の差異の再生産という逆説的な一面を持つのである。一方、近年、欧米の研究者のあいだでは、ギリシア文化を異質な他文化として捉えようという姿勢が見られる。しかし、根底での共通性を認めたうえでの、表層的な異質性の探求に過ぎないのではないか、また、一体性を持った「ギリシア文化」をまず想定することに根本的問題はないのか、といった疑問は残されている。こうした問題をふまえつつ、今なすべきは、外部との絶対的差異を認めないと同時に、内部の多様性を強調し、「古代ギリシア」そのものを再考すること、そしてそこから新たな地平を切り開いていくことではないだろうか。 西洋史という学問分野に属す者として、ヨーロッパ・アイデンティティと歴史との関わりは、絶えず意識しなければならないだろう。そしてそのとき歴史家は、どこに立ち、誰に向かって、何を語るのか。本報告はまた、そうした自己への問いでもある。 |
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ヨーロッパ統合と東中欧史の構築 ―「妹」の居場所を求めて― |
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小山 哲 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ここ十数年来、ヨーロッパ東部の歴史研究を取り巻く環境は、大きな地殻変動のなかにある。地盤を動かす大きな力は複数の源に発しているが、相互に干渉し、また増幅し合いながら、歴史学の知の現場にさまざまな変化をもたらしつつある。 地殻変動の第一の震源は、一九八九年にポーランド、ハンガリーからはじまった東欧諸国の体制の転換である。社会主義体制の崩壊は、この地域の政治的な地図を塗り替えただけでなく、歴史認識の枠組みや歴史研究の体制にも少なからぬ変化をもたらした。地殻変動の第二の震源は、ヨーロッパ連合の成立と、現在進行中のその東方拡大である。旧「東欧」諸国の歴史研究は、体制の転換によって自国史の座標軸の建て直しを迫られる一方で、「国民史」の枠組み自体を相対化し、「ヨーロッパ史」のなかに位置づける作業を同時に進めるという難しい課題に直面している。それは、歴史研究・叙述の空間的な枠組みとして、ナショナル・ヒストリーとグローバル・ヒストリーのあいだにどのような〈地域〉の設定が可能かという、今日の歴史学が抱えるより大きな課題のひとつの応用問題でもある。 本報告でとりあげる「東中欧」史の構築は、このような課題に応えようとする試みのひとつである。「東中欧」という歴史的地域概念を最初に提唱したのは、ポーランド出身の歴史家オスカル・ハレツキであった。ハレツキは、ヨーロッパを四つの歴史的地域に区分し、中欧東部の非ドイツ的地域を「東中欧」と呼んだ。半世紀前に提起されたこの地域区分は、現在、東中欧研究所を中心に進められている〈地域〉史研究の土台となっている。一九九〇年代初頭にルブリンに設置された東中欧研究所は、国境を越えた共同研究によってこの地域の歴史と現状の分析を進めることを目的とする非政府機関であり、この地域の歴史研究者にとって重要な交流と対話の場となりつつある。 本報告では、「東中欧」史の構築の経緯と成果を検討し、その特徴と問題点を整理することによって、ナショナルな枠組みを越えた〈地域〉史研究の可能性を探ると同時に、歴史研究の領域における「ヨーロッパ」認識の現状の一端に触れてみたい。 |
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京都大学大学院文学研究科/21世紀COEプログラム 「グローバル化時代の多元的人文学の拠点形成」 13研究会「歴史としてのヨーロッパ・アイデンティティ」 |