歴史としてのヨーロッパ・アイデンティティ
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No.3  2003年4月11日発行

-CONTENTS-
ご挨拶 活動報告
エッセイ/ノート ジョン・ノース博士セミナーのご案内
今後の予定


■ ご挨拶

 私どものCOE研究プログラム「歴史としてのヨーロッパ・アイデンティティ」も早、2年目をむかえました。昨年度は、11月のシンポジウムに続き、12月の研究会では、シンポジウムで提起された多様な問題の整理と検討を通じて、今後の共同研究の方向を確認することができましたc。また3月の研究会ではイスラム史研究者の報告と議論によって、ヨーロッパ・アイデンティティを外側から見直す機会を得ました。今年度は引き続き、研究会の報告と議論により、ヨーロッパ内外の様々な史的パースペクティヴから、そのアイデンティティの特質を明らかにしていくつもりです。研究会以外にも、海外の研究者を招いての「セミナー」や、シンポジウムが既にいくつか企画されています。研究会メンバー外の方もお気軽にご参加下さい。

研究会代表 服部 良久



■ 活動報告

第2回研究会

 日 時: 2003年3月2日 午後1時半〜5時
 場 所: 芝蘭会館・2階研修室
 報 告: 羽田 正氏(東京大学東洋文化研究所)
       「イスラーム世界」とヨーロッパ?

 3月2日(日)、芝蘭会館で開催された第2回研究会では、東京大学東洋文化研究所の羽田正氏より「「イスラーム世界」とヨーロッパ?」と題してご報告をいただきました。羽田氏は、日本の歴史叙述や世界史教育の場で一般に用いられている「イスラーム世界」概念の問題点を明解に整理し、あわせて「ヨーロッパ」概念についても批判的な視点から見直す必要があることを指摘されました。この刺激的な報告に続いて、参加者のあいだで、「キリスト教世界」自体の多様性、ヨーロッパ内部のイスラム教徒の位置づけ、遊牧民の世界としての「中央ユーラシアステップ世界」概念の妥当性などの問題をめぐって活発な議論が展開されました。「「イスラーム世界とヨーロッパ」という問題設定自体がヨーロッパ的世界観の表象にすぎないのではないか」という羽田氏の問いかけは、「ヨーロッパ」の存在を自明視しがちな西洋史研究者に対する警鐘であると同時に、ヨーロッパからの視点に強く規定された私たちの世界史認識の枠組み自体を根本的に考え直すべきではないかという問題提起でもあります。「ヨーロッパ」がたんなる表象にとどまらず、空間的・制度的に明確な輪郭を持つ政治的実体として編成されつつある現在、私たちの研究会では、この制度を内から支えるアイデンティティの形成過程を歴史的な視点から問い直す作業をさらに進めていきたいと考えています。(小山 哲)


報告要旨

「イスラーム世界」とヨーロッパ?
羽田 正

 「イスラーム世界」という言葉は、前近代地域世界の一つを意味する語として世界史叙述においてしばしば使用される。しかし、この語は学問的に意味のある定義がしにくい上、地理的空間としては確定できず、歴史研究の用語としてはあまり適当とは言えない。

 従来、この語が無前提に使用されてきた理由は、それが近代歴史学を生み出したヨーロッパの人々の世界観(「ヨーロッパ」と非ヨーロッパ世界の代表としての「イスラーム世界」)を反映していると同時に、「イスラームの家」と「戦争の家」とを区別するムスリムの世界観にも合致していたからである。無批判、無限定に「イスラーム世界」という語を使用するという態度は、ときに我が国の現代世界研究者やマスコミの論調にも見られる。一方、「ヨーロッパ」をどのように定義できるかについては、研究者の間に多くの議論がある。今日の研究者の多くは、従来の「ヨーロッパ史」研究が内包していたいくつかの問題点(ヨーロッパ中心主義、国民国家史など)をよく理解しており、それを乗り越えようと努力している。

 しかし、それにしても、「ヨーロッパ史」が存在するという点についての疑いはまったく持っていないようである。ひるがえって考えてみれば、歴史研究における「イスラーム世界」も「ヨーロッパ」も、元来、自分たちはヨーロッパ人であると考える人々が持つ世界観に基づいた言葉である。ヨーロッパ人ではない私たち日本人研究者が、そのことを十分認識した上で、これらを相対化するような新しい地域世界、ないしは、歴史叙述の単位を見つけだすことはできないものだろうか。私はそれは決して不可能ではないと考えている。そのためには、西洋史研究者と「イスラーム世界」史研究者の共同作業がこれまで以上に必要である。



■ エッセイ/ノート

一橋大学と東海大学で文献調査をおこなって
橋川 裕之(京都大学大学院文学研究科)

 去る2月19日から21日の3日間、一橋大学と東海大学の付属図書館を訪れる機会を得た。目的は、「歴史としてのヨーロッパ・アイデンティティ」研究会における私の研究テーマ、末期ビザンツ帝国における異文化接触とアイデンティティの問題に関連する雑誌論文を徹底的に調べ上げることだった。

 先の『西洋史学』の後記(注1)で、服部良久氏は、近年、文学部図書室で研究雑誌を閲覧する西洋史学専修の院生・学生の姿を見かけなくなったと書かれていたが、ビザンツ史を専攻する私の場合、閲覧すべき研究雑誌の多くはビザンツ史研究者が教官として在籍する大学に集中しており、そもそも閲覧したくても手近ではできない状況にある。

 文献へのアクセスが研究環境としてきわめて重要であることを改めて痛感したのは、一昨年から昨年にかけてバーミンガム大学ビザンツ研究所(注2)に留学したときであった。いわゆる権威とされる研究者をスタッフとして数多く集めていることもさることながら、私が率直に驚きを禁じえなかったのは、関連する研究文献が付属図書館において容易に参照できるという点だった。もちろんすべてを網羅しているわけではなかったが、参照すべき文献があれば、ただ単に、寮から大学の図書館へ足を運びさえすればよいのである。調べ物をする私のそばで平気でおしゃべりをする輩がいたり、貴重な雑誌や図書に無数の書き込みがされていたりと(ひどいときにはボールペンで!)、問題がないわけではなかったが、それでもやはりバーミンガムでの経験は私にとって非常に新鮮、かつ有益であった。

 ビザンツ研究の後発地であるわが国において、ビザンツ史に限定すれば、バーミンガム大学と同程度に雑誌、図書を揃えているのが、上述の一橋大学と東海大学である。それぞれ、わが国におけるビザンツ史研究の第一世代とでも言うべき渡邊金一氏(注3)と尚樹啓太郎氏が長く教鞭をとっておられたところである。雑誌に関してみれば、両大学の所蔵分をあわせると、欧米諸国(もちろん、ギリシアやイタリア、ロシアや他の東欧諸国を含めて)から刊行されているビザンツ雑誌のほとんどをカバーするのではないかという膨大なものである。

 通常、文献を参照するにあたって、他大学生には、書庫に入室させてもらえないなどさまざまな制約がかかり、両大学図書館もその例に漏れなかったが、せっかく貴重な機会を得たので、規則で制限された範囲内、そして時間の許す限り、膨大な研究雑誌群に目を通し、メモをとり、必要なものについては複写を取っていった。運良く総目録がある場合はよいが、なければ、雑誌の創刊号から最新号まですべて手にとりチェックする作業が要求される。主要なビザンツ雑誌はだいたい19世紀末から20世紀初頭にかけて創刊されているので、毎年刊行されている場合は、一つのタイトルだけで100冊前後になるわけである。

 バーミンガムにあったものとは比較にならないほど美しい誌面に目を通していく過程では、ビザンツ研究それ自体が歴史的な営みであることを否応なく想起させられた。20世紀前半に活躍し、ビザンツ研究を支えていた有名無名の学者たちは、おそらくもうこの世にいないであろうし(かのランシマンも3年前に亡くなった)、戦後ビザンツ学の中心的担い手であった研究者たちも、近年、相次いで世を去っている。

 名実ともにビザンツ学が新たな時代を迎えつつあるという学界の認識を反映してか、Byzantinische Forschungen最新号(注4)はアメリカにおけるビザンツ史家の伝記集とでもいうべき特集を組んでいた。作業の途中であったため、A・M・タルボットによるA・カジュダンの評伝しか読まなかったが、ソヴィエト史学界におけるユダヤ人差別の問題(カジュダンはユダヤ系ロシア人であった)、1970年代末に敢行されたアメリカ亡命の経緯、アメリカ、ダンバートン・オークスにおける研究生活の様子など、彼の論文や著作のみからは窺い知ることのできないような記述に富み、非常に興味深かった。アメリカのビザンツ学界では、カジュダンのほかにも、古くからロシア系やギリシア系の研究者が多く活躍しており、彼らがアメリカ・ビザンツ学界の国際的な地位向上に寄与してきたことは注目に値するだろう。

 わが国では研究紹介の不十分さからか、とかく否定的、後進的に見られがちなビザンツ学であるが、世界レベルで見た場合、社会・文化史の流行や、歴史学の過去・歴史そのものを捉えなおそうとする昨今の趨勢にも決して無縁ではない。現に最近の雑誌論文や研究書には、そういった問題を扱ったものも多い(注5)。例えば、本研究会の問題であるところのヨーロッパ・アイデンティティの問題にひきつけてみると、近代ギリシアとビザンツの関係は大きな問題としてたち現れてくる。古代ギリシアに耽溺する啓蒙理念先行の独立によって、近代ギリシア国家は、いわば、ビザンツ的過去の忘却を余儀なくされたわけであるが、その「亡霊」としてのビザンツ的過去が、近代ギリシアの民族的・文化的アイデンティティに、ひいては近現代ヨーロッパの国際政治に深い影響を及ぼしてきたことは疑いない。

 停滞の烙印を押されたビザンツの歴史と文化を再評価すべく、19世紀のヨーロッパで本格的にスタートした近代ビザンツ学。そこに内在する、あるいはしてきた政治性や歴史性のようなものをじっくり考えてみるのも面白いかもしれない。



注1 第207号、2003年、95頁。
注2 正式にはビザンツ・オスマン・近代ギリシア研究所(The Centre for Byzantine, Ottoman and Modern Greek Studies)。
注3 氏は昨年、著名なビザンツ史家オストロゴルスキーの学問遍歴とビザンツ学の歴史について興味深いエッセイを書かれているので、関心を持つ人には一読を薦めたい。渡邊金一「なぜまたビザンツなのか−ゲオルグ・オストロゴルスキー著、和田廣訳『ビザンツ帝国史』恒文社、2001、の刊行によせて−」『一橋論叢』第127号第3巻、2002年、1-17頁。
注4 “Pioneers in Byzantine Studies in the United States”, 27(2002).
注5 関連する文献として、とりあえず以下の二つを挙げておく。R. Cormack and E. Jeffreys eds., Through the Looking Glass: Byzantium Through British Eyes, Aldershot, 1995; D. Ricks and P. Magdalino eds., Byzantium and the Modern Greek Identity, Aldershot, 1998.




■ ロンドン大学教授ジョン・ノース博士セミナーの御案内

 拝啓、ますます御清祥のこととお慶び申し上げます。
 さて、京都大学大学院文学研究科西洋史学研究室は、21世紀COEプロジェクトの一環として、ロンドン大学教授ジョン・ノース博士のセミナーを下記の予定で開催いたします。教授は、ローマ共和政史とローマ宗教史の優れた御研究で高い評価を受けてこられた方であります。今回、東京大学(担当 本村凌二教授)の招きで来日されることになりましたが、この機会にぜひ京都でも講演していただき、講演後の討論とあわせて、ローマ人、さらには古代世界のアイデンティティを考察するための知識と刺激を現行プロジェクトに与えていただくとともに、関西の研究者と学問的交流を深めていただきたいと願い、企画いたしました。討論のために通訳も出席いたしますので、ぜひ御出席くださいますよう御案内申し上げます。

日時 : 4月22日(火曜日)午後5時〜7時30分
場所 : 芝蘭会館 ・2階研修室
      (京都市左京区吉田牛ノ宮町11-1   電話075-771-0958
      市バス「京大正門前」下車、東一条交差点斜め(南西)方向へ歩いて2分)
講演者 : ロンドン大学ユニヴァシティ・コレッジ歴史学科教授
        ジョン・ノース博士 (John A. North, MA, DPhil(Oxon))
講演題目: キケロと神々(講演後の討論には通訳が付きます)

 御出席くださる方には、講演の原稿を4月8日頃から電子メイルにてお配りすることができます。また、とくにご希望があれば郵便でお送りすることも可能です。
 また、セミナーの終了後、教授を囲んで歓迎の夕食会を開きたく存じます(会費5千円程度)ので、こちらの方もどうぞよろしくお願いいたします。
                                                敬具
                                        3月18日

〒606-8501 京都市左京区吉田本町
   京都大学大学院文学研究科西洋史学研究室内
   21世紀COEプログラム・人文・13研究会
「歴史としてのヨーロッパ・アイデンティティ」事務局
     教務補佐員 宮坂康寿
     電話:075-753-2791(西洋史学研究室)
     e-mail:ymiyasak@bun.kyoto-u.ac.jp 


※お問い合わせや御連絡は、当日の開催責任者である南川高志へ直接お願いいたします。
電話 075-753-2779;e-mail:tminamik@bun.kyoto-u.ac.jp
 とくに、夕食会に御出席くださる方は、あらかじめ必ず南川までご連絡ください。




■ 今後の予定
(最新の情報については、当サイト「活動状況」をご覧ください)
第3回研究会
日 時: 2003年4月27日(日) 午後1時半〜5時
場 所: 京大会館・102会議室
(京都市左京区吉田河原町15-9 пF075-751-8311)
報 告: 羽場 久シ尾子氏(法政大学教授)
       「拡大EUと中欧のアイデンティティ」
      松本 悠子氏(中央大学教授)
       「アメリカ意識の構築とヨーロッパ −新世界、西洋文明、白人−」

第1回国際会議
古代世界における物質文化、意識そして歴史的アイデンティティ
   ケルト人、ギリシア人とローマ人、そして近代ヨーロッパ人の理解のために
日 時: 2003年9月20日(土) 午前11時〜午後6時
場 所: キャンパスプラザ京都

*準備の都合上、参加をご希望の方は当研究会事務局まであらかじめご連絡ください。


※<研究会メンバーの加入>
(若手研究者)
  橋川 裕之  博士後期課程3年(西洋史学)(教務補佐員より異動)
  佐久間 大介 博士後期課程3年(西洋史学)
(教務補佐員)
  宮坂 康寿  OD(西洋史学)



≪編集後記≫

 満開で目を楽しませてくれたのもつかの間、すでに花吹雪の舞うこのごろですが、EUROPID研究会のニューズレター第3号をお届けします。今回は3月初めに行なわれた第2回研究会の報告に加え、橋川裕之氏から欧米におけるビザンツ学の歩みにもふれた国内調査報告を寄稿していただきました。本研究会も新年度を迎えるにあたって新たな若手研究員の加入を得ることになり、精力的に活動を進めていくことができればと考えております。今年度は通常の研究会とセミナーに加えて国際会議の開催を予定しておりますが、皆様方の多数のご参加をいただけましたら幸いです。また、ウェブサイトも随時更新して最新情報を提供して参りますので、今後ともニューズレターと併せてよろしくお願いいたします。(宮坂)


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京都大学大学院文学研究科/21世紀COEプログラム
「グローバル化時代の多元的人文学の拠点形成」
13研究会「歴史としてのヨーロッパ・アイデンティティ」
Europid