略歴
明治18年2月3日東京神田に生まれる。第一高等学校理科卒業後、東京帝国大学理科に入学するも文科哲学科に転科、卒業。東北帝国大学講師を経て、大正8年西田幾多郎の招きにより京都帝国大学文学部助教授に就任、昭和3年西田退官の前年に教授に昇任。西田との相互批判の中で独自の思想を形成してゆくと共に、多くの門下生を育て、「京都学派」の基礎を築く。昭和20年終戦の直前に退官、群馬県北軽井沢に隠棲。その後も意欲的に思索を続けたが、昭和37年4月29日逝去。
思想の概要および主要著作
多岐にわたる田辺の思想の底を一貫して流れているのは、直接無媒介なるものへの嫌悪である。これは西田哲学との間に明らかな対照をなす。
田辺は、すべてがそこから考えられるがそれ自身は疑問に附されることのない一点、論理を越えた直観によってのみ捉えることのできる一点というものを前提することを強く拒否する。相対的な世界を越えた「絶対」、ただ直観する他ない直接的な「生」、何者にも依拠することなく自己自身のみによって存在する実存的な「個」といったものも、田辺の批判する所となる。
田辺によれば、歴史的な現実の世界においては、何者も、有限相対的なる我々の行為を離れては存在しえない。「絶対」は相対的なる我々の不断の自己否定という行為――所謂「懺悔」――を、「生」は「論理」による概念化を、「個」は歴史的社会的な「種」による制約を、それぞれ「媒介」とするのでなければならない。
これが田辺の所謂「絶対媒介の論理（弁証法）」であり、そこには、親鸞の絶対他力の思想に共鳴し、何処までも人間の有限相対的性に即して思索をおこなおうとする田辺の基本的な態度が現れている。
以下の著作はすべて『田辺元全集』（筑摩書房）に収録されている。
- 『最近の自然科学』（大正4年）
- 『科学概論』（大正7年）
- 『カントの目的論』（大正13年）
- 『数理哲学研究』（大正14年）
- 『ヘーゲル哲学と弁証法』（昭和7年）
- 『哲学通論』（昭和8年）
- 『哲学と科学との間』（昭和12年）
- 『正法眼蔵の哲学私観』（昭和14年）
- 『懺悔道としての哲学』（昭和21年）
- 『政治哲学の急務』（昭和21年）
- 『種の論理の弁証法』（昭和22年）
- 『実存と愛と実践』（昭和22年）
- 『キリスト教の弁証』（昭和23年）
- 『哲学入門』（昭和24-27年）
- 『ヴァレリィの芸術哲学』（昭和26年）
- 『数理の歴史主義的展開』（昭和29年）
- 『相対性理論の弁証法』（昭和29年）
- 『マラルメ覚書』（昭和36年）
このほか、著書として出版されなかった重要な論文として、最初の西田哲学批判「西田先生の教を仰ぐ」（昭和5年）が全集第4巻に、「種の論理」に関する論文が全集第6-7巻に、晩年の「死の哲学」に関する論文が全集第13巻に、それぞれ収められている。
テキスト
すべての著作と大部分の論文とを収めた全集
- 『田辺元全集』全15巻（西谷啓治、下村寅太郎、唐木順三、武内義範、大島康正編集）、筑摩書房、昭和38-39年
単行本の復刊
- 『懺悔道としての哲学・死の哲学』（長谷正當編、京都哲学撰書3）、燈影舎、平成12年
- 『歴史的現実』（黒田寛一編、こぶし文庫28）、こぶし書房、平成13年
講演「歴史的現実」および著書『種の論理の弁証法』を収録。 - 『仏教と西欧哲学』（小坂国継編、こぶし文庫34）、こぶし書房、平成15年
『哲学入門――補説第三 宗教哲学･倫理学』の復刊。
岩波文庫に収録されているもの
いずれも藤田正勝による明快な注解と解説が末尾に付されている。
- 『種の論理 田辺元哲学選Ⅰ』（藤田正勝編）、岩波文庫、平成22年
- 『懺悔道としての哲学 田辺元哲学選Ⅱ』（藤田正勝編）、岩波文庫、平成22年
- 『哲学の根本問題 数理の歴史主義展開 田辺元哲学選Ⅲ』（藤田正勝編）、岩波文庫、平成22年
- 『死の哲学 田辺元哲学選Ⅳ』（藤田正勝編）、岩波文庫、平成22年
叢書
- 『現代日本思想大系23 西田幾多郎』（辻村公一編）、筑摩書房、昭和40年
- 『近代日本思想大系23 田辺元』（中埜肇編）、筑摩書房、昭和50年
田辺哲学に関する参考文献
田辺哲学の入門書
田辺哲学への入門としては、何よりも、田辺自身の著した哲学入門が挙げられる。
- 田辺元『哲学通論』（昭和8年初版、岩波全書。全集第3巻に収録）
「気分的に直接に解つて居ること」bekanntと「概念を以て認識せられてゐること」erkanntとの区別を提示することからはじめ、西洋哲学における諸種の哲学的方法をその観点から解説･吟味した上で、両者を総合統一するものとして、自身の「絶対弁証法」の立場を提唱している。 - 田辺元『哲学入門』（昭和24-27年初版、全集11巻に収録）
晩年の隠棲先である北軽井沢山荘で、信州哲学会（長野県の小･中学校の教員による会）会員に対して行われた講義の筆録。晩年の田辺の思想が体系的に、わかりやすい言葉で語られている。「哲学の根本問題」「補説第一 歴史哲学政治哲学」「補説第二 科学哲学認識論」「補説第三 宗教哲学倫理学」の４巻を所収。
このほか、田辺哲学の概観を与える解説書としては、以下のものがある。
- 高坂正顕『西田哲学と田辺哲学』（『高坂正顕著作集』第8巻）、理想社、昭和40年
同書の第4-8章は、田辺哲学の全体にわたる適確なまとめである。
田辺のみを扱ったものではないが、以下の書の中で田辺哲学の解説がなされている。
- 細谷昌志「行為的自覚の哲学――田辺元」『日本近代思想を学ぶ人のために』、世界思想社、平成9年
- 中岡成文「種の論理――田辺元」『日本の哲学を学ぶ人のために』、世界思想社、平成10年
- 川村永子「田辺元」『現代宗教思想を学ぶ人のために』、世界思想社、平成10年
- 中岡成文「種の論理は何を差異化するか」『京都学派の哲学』、昭和堂、平成13年
- James W. Heisig, Philosophers of Nothingness , Honolulu:University of Hawaii Press, 2001.
- 船山信一『日本哲学者の弁証法』、こぶし書房（こぶし文庫）、平成7年
- 小坂国継『西田幾多郎をめぐる哲学者群像』、ミネルヴァ書房、平成9年
田辺哲学の研究書
- 家永三郎『田辺元の思想史的研究』、法政大学出版局、昭和49年
本書は、戦後なされてきた「京都学派」に対する政治的な批判の典型的な一例である - 氷見潔『田辺哲学研究――宗教哲学の観点から』、北樹出版、平成2年
- 『田辺元 思想と回想』（武内・武藤・辻村編）、筑摩書房、平成3年
- 『田辺哲学とは』（西谷・高坂・高山・下村他）、燈影舎（燈影撰書）、平成3年（初版は弘文堂、昭和26年）。
上記二著には、田辺周辺の哲学者らによる回想も含まれている。 - 中沢新一『フィロソフィア・ヤポニカ』、集英社、平成13年
- 伊藤益『愛と死の哲学—田辺元—』、北樹出版、平成17年
- 細谷昌志『田辺哲学と京都学派—認識と生』、昭和堂、平成20年
- 嶺秀樹『西田哲学と田辺哲学の対決』、ミネルヴァ書房、平成24年
- 合田正人『田辺元とハイデガー 封印された哲学』、PHP新書、平成25年
- Johannes Laube Dialektik der absoluten Vermittlung, Freiburg: Herder, 1984
- Religious Philosophy of Tanabe Hajime (edited by Taitetsu Unno & James W. Heisig) , Berkeley: Asian Humanities Press, 1990
また、『思想』第1053号（2012年第1号、岩波書店）は、「田辺元の思想—没後50年を迎えて—」の特集を組んでいる。現代の田辺研究を見る上での指標となる。