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グローバル化時代の多元的人文学の拠点形成

文学と言語を通してみたグローバル化の歴史


研究紹介

中務哲郎:世界をグローバルに見た最初の歴史家ヘロドトス
  ペルシア戦争(492-480B.C.)という未曾有の国難をくぐり抜けたギリシアは,やがて政治・経済・文化面で黄金時代を迎えるが,この時代には宗教・言語・文化を共有するものとしてのギリシア人の一体感が高揚し,非ギリシア人をバルバロイとして蔑視する傾向が生じた.その一方では,ギリシア語をマスターしギリシア的教養を身につける者はギリシア人と見なすような立場もあった.いずれにせよ,この時代のギリシア人は一種の「中華思想」を抱いていたわけである.その時代にあってヘロドトスは,広く世界を旅し,ギリシアよりも勝れたものが世界各地にあることを認め,ギリシアを中心としない歴史を書いた.世界を相対的に見るヘロドトスの視点は国と国や人と人の関係のみならず,動物界や自然環境全般にまで及んでいる.このようなヘロドトスの見方がどのようにして形成されたかを同時代の文学・思想の中から明らかにし,彼の思想の今日的意義を考察する.

高橋宏幸:ローマにおける「世界」観
  urbi et orbiという言葉は「ローマ内外の信徒に」という意味で少なくともキリスト教文化の「いたるところ,誰もが知る」ものとして使われているが,「都」urbsと「世界」orbisとの語呂合わせはすでにキケローに現れ,ローマ共和政末期から帝政初期の文学において頻繁に用いられる.キケローがローマの掌握した覇権を世界のごく小さな部分として認識していた一方で,オウィディウスは「都」と「世界」の広がりを同一であるとまで表現した.「共和国」の崩壊から「ローマの平和」へという変転の中でローマ人にとって「世界」はどのように変わったのか,そして,それはどのように表現されたか,文献にもとづいて考察する.

齊藤泰弘:ルネサンスの新たな世界観の誕生とその汎ヨーロッパ化の過程の研究
  ルネサンスの新たな世俗的世界観は、どのような普遍的価値を持っており、それはどのようにして中世の神の世界観の中から誕生し、絶えずそれと対立しながら、どのようにして近代ヨーロッパの世俗的価値観の共通基盤となるに至ったのかを、マキアヴェッリからガリレオまでの著作を通じて解明する。
  ルネサンスの世俗的な世界観や近代的人間観をヨーロッパ世界に広めるのに大きな推進力となったのは、とりわけ科学者や技術者や医学者などの近代科学の担い手たちである。彼らの多くは、きわめて現世的で、経験主義的で、うっすらと唯物論的な考え方を抱いており、人間自身と人間を取巻く世界を現世的原因のみによって説明し、獲得された新知識は現世の万人が共有し、その恩恵も共有すべきだという、きわめてデモクラティックな考えを持っていた。彼ら科学者が、この時代の新たな人文学や世界観の形成に果たした役割についても、詳細に跡付けてみたい。

天野 恵:トスカナ語によるイタリア文章語の統一過程
  政治力や軍事力を背景とする大小の「グローバル化」現象は歴史的にも地理的にも決して珍しいものではないが、イタリア文学語、そしてひいては今日のイタリア語一般にまで及んでいるトスカナ語による統一はそうした性格のものではなかった。16世紀初頭、活版印刷術の普及とともに顕在化したイタリアの言語問題をリードしていったのは、理論においても実践においても、ベンボやカスティリオーネ、アリオストといった北イタリアを代表する文人たちだったのである。特に『狂えるオルランド』や『宮廷人』といった当時の俗語によるベストセラーがいずれもベンボの「トスカナ語アルカイズム」に沿った推敲・改訂を施されて完成へと導かれたことは決定的な意味を持っていた。
  本質的にフィロロジストであったベンボの主張が、天性の詩人であったアリオストによってどのように吸収、消化されていったのかを、『狂えるオルランド』の3つの版の比較検討により跡づけ、典型的な文化主導のグローバル化の実相を文学作品の内側からミクロ的に検証する。

増田 真:フランスにおける文学論と国民観―18世紀を中心に
  近代フランスの文学観の成立過程において、国民観や文化的文化的アイデンティティーの問題がいかに作用したかを検討する。フランス文学史の上では、17世紀の古典主義から19世紀のロマン主義へと移行する過程で、美的快楽の相対性をより重視する思想へと移っていったことはよく知られている。17世紀末の新旧論争から19世紀初めのスタール夫人まで文学や言語と風土や国民性のについての議論の系譜が見られる。他方、16世紀から18世紀は近代フランス語がヨーロッパにおける国際語として普及していく時代でもあり、さまざまな言語論を通じて、言語の多様性についての議論が盛んになり、語源学や比較言語学の源流が形成される。このような潮流の中で、フランスの近代的な文学観と国民的アイデンティティーの形成を詳細にあとづけてみるとともに、歴史観や異文化のイメージにも言及したい。

田口紀子:フランス小説に見る「歴史」の虚構化と「自己」意識
  「自己」のイメージは、共時的な「他者」に対立するものとして把握されると同時に、通時的な「他者」つまり「過去の自分」の必然的帰結としても了解されうるものである。フランス19世紀前半の歴史小説の流行期における、歴史叙述のディスクールと小説のディスクールの相互干渉の問題を例にとり、「過去」の「歴史」化、「歴史」の虚構化を通してフランスの自己イメージが形成される過程を検証する。
 
西村雅樹:世紀末ウィーンにおける異文化受容
   19世紀末から20世紀初頭にかけての世紀末ウィーン文化を研究するにあたっては,異文化との関わりが重要なテーマとなる。バールやホーフマンスタール等「若きウィーン派」の文学者たちの中には,日本への関心を示した人々がいた。その関心は,西洋の理性中心主義への批判という問題意識に発するものであった。この問題意識は言語への懐疑と批判として展開され,同時代に東洋思想への傾斜を示したオーストリア人マウトナーの論ともつながりを持つ。また世紀末ウィーンにあって主要な役割を果たしたユダヤ系知識人においては,キリスト教を精神的支柱とする西欧文明に同化するにあたって葛藤が見られた。シュニッツラーには,この点を扱った問題作が見られる。ユダヤ系知識人が抱えていた西欧文明受容というこの問題は,近代西洋精神への問い直しという問題として,前述のウィーンの作家たちの東洋への関心とも重なるものと言える。当研究会では,これらの問題について探究したい。
 
松村朋彦:近代ドイツ文学における非ヨーロッパ世界の表象
   18世紀後半以降、急速な近代化をとげるドイツでは、ヨーロッパ世界の外部に対する関心もまた拡大してゆく。それは、他者を自己のうちに統合しようという意志のあらわれであると同時に、他者の立場に立つことによって自己を相対化しようとする試みでもあった。とりわけヨーロッパ世界の周縁に位置していたドイツでは、こうした視点の二重性が強く意識されざるをえなかったように思われる。こうした問題が、同時代の文学のなかにどのようにあらわれているかを、次のようなテーマにそくして考察してみたい。
(1)18・19世紀ドイツの世界探検家たちと文学ジャンルとしての旅行記 (2)近代ドイツ文学における南北アメリカ像 (3)近代ドイツ文学とオリエンタリズム

川上 穣(研究会補佐員):ホメロスの世界観とその後世への影響
  現存する西洋文学史上最古の叙事詩「イリアス」「オデュッセイア」における英雄の生死観、運命観は、古代における人々の規範であり、またそのモチーフは後代の多くの文学作品に影響を与えた。本研究では、様々な作品に現れたホメロスの影響を探りつつ、特にその世界観に注目しながらホメロスの「世界化」がどのようになされていったかを明らかにすることを試みる。

マーチン・チェシュコ:文学的喜劇への歩み
  グローバル化というのは、ただ均一性の文化の普及を意味するわけではありません。むしろ、その著しい役割は、世界中の様々な地域文化の比較が始めて可能となり、 自分の文化を広がったコンテクストの中で、観察できるようになることにあるのではないでしょうか。近代以前の民衆芸術は、どこの国でも、共同生活の定期的な活動の共通点のため、 多少類似したターゲットやパターンが見られるとも言えます。農産業や、宗教上の礼拝、通過儀礼(rites of passage)はあらゆるコミュニティーの焦点とされ、民俗芸能の対象ともされていました。 突き止めにくい事情ながら、文学的なジャンルに取り入れられたことにより、現在でも、元の形が想像できるわけです。ある文化の中で、こういった素材が、社会背景や文学習慣など、 様々な要素によって、文学的に発展していったわけです。 民俗芸能と深いつながりがあるといえる喜劇は、いくら異なった文化のものでも、似ているモチーフが見られるので、 民俗芸能の名残や、ルールに従った文学作品への展開を分析することができるわけです。発表の際、ギリシャ喜劇と日本の狂言の具体的な例を挙げて、民俗芸能と文学的習慣に従った作品との関係を観察したいと思います。

中川さつき:十八世紀のハプスブルク宮廷におけるイタリア文化の受容
  十八世紀のウィーンは、ナポリやローマに匹敵する、イタリアオペラの中心地であった。ハプスブルク皇帝は、イタリア半島から最高の歌手、作曲家、舞台装置家、 詩人をウィーンの宮廷に集め、莫大な予算を投じてオペラを作らせた。アーチストたちは、1シーズンだけの契約で移動する者から、半生をウィーンで過ごす者まで、 滞在期間はさまざまであるが、つねに相当な数のイタリア人が宮廷で活躍していた。高度な技能を持つ専門家集団が、異なる文化圏で活動した背景には、どのような状況があったのだろうか。 また、彼らは訪れた土地でどのように迎えられ、いかなる足跡を残したのだろうか。
   この研究では、カール六世とマリア・テレジアの時代における、イタリアオペラの受容のありかたを、特に宮廷詩人(オペラの台本作家)の活動を中心にして考察する。

佐々木茂人:ディアスポラにおけるユダヤ人社会と文化
  ディアスポラ(離散)したユダヤ人が、居住している社会とその文化への関わりの中で生み出した文化、そしてその諸問題を、文学作品、批評、演劇などさまざまな言説を手がかりにして分析し、現在新たな観点から用いられている「ディアスポラ」を再考する。ユダヤ人の歴史は離散の繰り返しであった。しかし、苦難の状況にあって彼らは独自の文化を生み出した。移民など人の移動がグローバル化した今日、ユダヤ人の足跡を追い、彼らはどのようにして文化の問題と向き合ったのか考えてみることは、極めてアクチュアルな視点となる。研究では対象地域をヨーロッパ、とりわけドイツ語圏を中心とし、時期を前世紀転換期とする。この時期には解放(同権の獲得)から民族主義の高まり、止むことのない迫害と、ユダヤ人は居住する社会・文化とのそれまでの関係に注意を払わざるをえなかった。この状況下で彼らがどのように文化を捉え、またそれはどのような意義をもつのか考察する。

川島 隆:ドイツ文学におけるオリエント像
   ドイツ文学に表れたオリエンタリズムの内実を、その対象の多層性、およびその主体の多層性の両面から精緻化することを目指す。ドイツは「西」と「東」の中間に位置している。ただし、それは「中庸」における安定を意味しない。ヘルダーを始めとする近代ドイツの思想家たちは、東洋を複数の「発展段階」によって分節化して捉えた。そのことはドイツにおける民族アイデンティティーの形成に重要な役割を果たしている。そして同時に彼らは、フランスに代表される「西洋文明」の辺縁に立つものとして自文化を位置づけてきた。したがって、近代ドイツにおけるオリエンタリズムの主体は決して一枚岩ではなく、自らをもその対象に含み込む複数の視線の介在によって幾重にも分裂していたと言える。このような多層性の反映と展開を、主に18/19世紀転換期から19/20世紀転換期までのドイツ文学に読み込んでいきたい。


ヨリッセン・エンゲルベルト:近現代のヨーロッパ人による植民地政策の問題をめぐって
   ヨーロッパの15・16世紀は思想、芸術、文学などの分野が大いに盛えたルネッサンス時代としても知られている。 が、この同時代はヨーロッパにおける軍事上、宗教的などの紛争の時代でもあり、ヨーロッパ人による刺激的な領土拡張とそれに伴う 植民地政策のはじまりの時代でもあった。現代の世界における経済、政治、文化などに関わる多くの国際的問題は当時に起源をもつ。 そこで、とりわけイタリアとポルトガルにおける歴史、文化史を背景として、主にポルトガルによる植民地政策に関する問題について 総合的に現代まで考察したい。ブラジルは19世紀初期に独立したが、ポルトガルはインド、アフリカにおける植民地およびチモール、 マカオを二十世紀の後半まで支配した。具体的にポルトガルが要求した旧植民地における独立までの問題と独立後の過程を伴う政治的、 文化的(言語、宗教など)のアイデンティティの問題について考察したい。それらの問題をインドにおけるイギリスによる植民地政策に 関わる問題と比較的して考えたい。それを一方で、英語で執筆するインド出身の作家の作品を通して考察し、他方で、インド西南の海岸に 面している現代のケーララ州におけるヨーロッパ人による植民地政策を通して考察してみたい。
   
E.M.クレイク: Ideas of Western and Eastern Medicine: A Symbiosis
  Eastern and Western medicine have developed separately from different roots, and each has a long and rich tradition. In recent times, there has been interaction between these two traditions, each borrowing from the practical methods and the theoretical ideology of the other, to their mutual benefit.
 
小川正廣:古代ギリシア・ローマのグローバル化時代における自己と他者
  アレクサンダー以降、地中海周辺の範囲内において現代の「グローバル化」に類似した現象が進行した。このヘレニズムからローマ時代に、「自民族と異民族」「自由人と非自由人」「主人と奴隷」「男と女」などの二項対立的な人間・社会・国際関係がどのように変化したのかを、古典作品を通じて探る。
 
丹下和彦:ポリスから帝国へ・・・ヘレニズム期の文化
  アレクサンドロス東征後、拡大したギリシア世界は従来のポリス文化に変容と拡散を促した。一方でそれは南 イタリアからローマに至り、ローマ文化の発展に大いなる影響を与えつつ同化し、 他方でそれはアレクサンドリア図書館という文化の収集装置を通過することによって 、現在に至るまでの時間的距離をも獲得することになった。このヘレニズム期におけ るポリス文化の変容と拡散の様態を考察する。
 
武田良材:反ナチス亡命文学
   1933年にドイツでNSDAPが政権についたことを機会に亡命を選んだ作家たち、なかでも1933年当時30歳前後だった若手に注目し、彼らの葛藤、洞察、文学における工夫を明らかにしつつ、文学の政治性について探る。
 
井上櫻子:18世紀後半における描写詩の発展と、ジャン=ジャック・ルソーとの関係
 18世紀後半における描写詩の発展を追いながら、感受性と快楽に関する百科全書派とルソーとの思想的論争と叙情詩の再生の関係について検討する。自然とその中に生きる人間の心理をうたうことを目的とする描写詩は、イギリスの詩人トムソンの『四季』が紹介されたことを受けて、18世紀後半のフランスにおいて急速に発達する文学ジャンルである。フランス詩学を改革すべく、詩人たちは積極的に新たな詩作のテーマに取り組むが、彼らはイギリスの先駆者の作品から多くの制作上のヒントを得ながらも、より細やかな心理描写を行う術を得る上では、むしろフランス思想界における感受性と快楽に関する議論に多くを負っていると考えられる。描写詩の発展に見られる心理描写の深化と思想的議論との関係について考察を進めることにより、ロマン主義を予示する新たな詩学の誕生の過程を理論と実践の両方の側面から明らかにしていきたい。
 
渋江陽子:古代ローマとガブリエレ・ダヌンツィオ
 「偉大なる過去」としての「古代ローマ」は、ダヌンツィオが同時代(19世紀後半から20世紀)のイタリアへの嫌悪や嘆きを表明するとき、回復すべき過去として、ほぼ常に言及されている。やがて国家主義・帝国主義・植民地主義・ファシズムなどへの潮流へと引き継がれてゆく、このような言説を通して、ダヌンツィオの「古代ローマ」の捉え方と利用の仕方を考察してゆきたい。

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