トップ 各参加者の研究テーマ 研究会報告 NEWS LETTER

グローバル化時代の多元的人文学の拠点形成

NEWS LETTER

(文学と言語を通してみたグローバル化の歴史)


No.3

2003年7月15日発行

バックナンバーはこちらです NO.2 NO.1

(主な内容)
今年度の活動予定
第4回研究会の発表要旨
 他

<今年度の活動予定>
  34研究会の今年度の活動予定を紹介します。

  (フランス語学フランス文学専修)

   当専修では、今年度は7月から9月の3ヶ月間、ピエール=エドモン・ロベール氏(パリ第3大学教授)を客員教授として お迎えするほか、10月にはマルク・フュマロリ氏(元コレージュ・ド・フランス教授、アカデミー・フランセーズ会員)を日本学術振興会 の「著名学者招聘計画」にもとづきお招きする予定である。フュマロリ氏は17世紀フランス文学の権威であるだけでなく、レトリックや フランス語史の専門家としても知られ、国家と文化政策に関する著作もあり、本研究計画を遂行する上で有益な見識をもたらしてくれる ことが期待される。

  (ドイツ語学ドイツ文学専修)

   ドイツ語学ドイツ文学専修では、ドイツ文学を通して見たグローバル化の歴史につき、今年度は各研究員が以下のような研究を 進める。西村は、若きウィーン派の文学者たちの日本への関心を言語批判の問題と関わらせて、松村は、ゲーテ時代のドイツ文学に 見られる異文化の表象について、佐々木は、ドイツ語圏の文学におけるディアスポラの表象について、川島は、カフカの同時代人の間 での「黄禍」をめぐる議論とユダヤ人問題との重なりについて研究する予定である。

  (イタリア語学イタリア文学専修)

   齊藤は、COEプログラム海外拠点の形成と「文学と言語を通して見たグローバル化の歴史」に関する資料収集のため、7月から 12月にわたって渡欧し、ヴェネツィアを本拠地としてルネサンス以降の科学者・医学者の著作に依拠しつつ近代的世界観の拡散の様子を 研究する。また、天野は、ベンボの理論の確立と流布を跡づける研究を続行するが、その対象をこれまでのアリオスト作品のみならず カスティリオーネや、とりわけベンボ自身の初期作品へも広げる予定。

  (西洋古典語学西洋古典文学専修)

   平成14年度は、準備不足の中で出発した感があるが、今年度は、学外からの参加者が次第に増えてきたので、学内外の共同研究を 進めていく素地が出来た。
   主な活動としては、11月頃に国際セミナーを予定しており、E.M.クレイク元教授を招待することが決定している。 もう一人の招待者については、現在交渉中である。

<第4回研究会の発表要旨>

川上 穣:『イリアス』における「自己」の意識

   古代ギリシアの叙事詩『イリアス』、『オデュッセイア』の詩人として知られるホメロスについてこれまで多くの議論が為されて きたが、詩人の世界観、特に、その人間観をめぐって、人間に自由意志は存在するのか、選択は可能なのかという議論は注目に値する。
   Snellは、psyche,thymos,noosと語彙の分析により、各々それ自体の機能を持つ別々の器官であり、統一的なまとまりを持った 精神を表わす言葉は存在せず、それ故、ホメロスの人間は決断できなかったと結論づけた。また、これに関連して「二重の動機」 (人間と神の意志が人間のある行動に同時に働いている状態)の問題もある。だが、それでは人間は神に操られる道具にすぎなくなる。 LeskyやDoddsのように、行動の分析により、人間になんらかの決定、判断の能力があること、「自己」とみなし得る意志が存在すること、 自分自身で判断して決定する能力を認めるべきである。
   選択の問題に関して、第9歌でアキレウスは、帰国の選択の余地を語るが、第15歌で、ゼウスは、アキレウスを出陣させること になっていると語る。最も力が強いゼウスが意図しているのだから、もはやアキレウスの出陣は変わり得ない。つまり、既にこの段階では 帰国の選択の余地は残されていない。
   だが、彼にはもう一つの選択の余地があったと私は考える。ゼウスがテティスを通じヘクトルの遺体の返還をアキレウスに要請 したとき、それに即答したことにより、栄誉ある生を示しえたことである。もし、神などの力に促されて多額の身代金を得た上で返す ことを決定していたのであれば、誰にでも可能な技を当然になしたにすぎなかったであろう。事実、そのような例はよく見出される。 しかし、彼は、自ら進んで遺体を返すことを選択し、それにより武勇では得られなかった栄光を得、己の死を気高きものへと高めること になるのである。すなわち、自分の死を、ひいては生を気高く、より栄誉あるものとすることが選択の余地として残されていたといえる。
   ホメロスの神の問題をめぐる議論において、神が正義であるというキリスト教的道徳観を前提にしてきた。従来の研究は キリスト教圏において行われてきたため、この点について問題とされることはあまりなかった。しかしながら、ホメロス世界における 神はキリスト教の神観では捉えきれない。ホメロスの神観を考えるには、キリスト教的価値観にとらわれず、テキストにあらわれた神や 人間の行動やあり方を見直すことによりその行動原理について再検討する必要がある。
   強大な神が運命によって人間の生死を決定する状況の中で、人が自分の意志で道を切り広こうとする世界をホメロスは描いた。 その世界観が、後世の作品にどのように影響を及ぼしているかをこれから探求していく。

田口紀子:「歴史小説」から「小説」へ ― フランス小説史でのウォルター・スコットの役割

   フランス文学では小説というジャンルが盛んになるのは18世紀になってからであるが、当時の小説はほとんどが1人称形式で 書かれた。書簡体、回想録形式、告白体など趣向は様々だが、「私」のディスクールという形式が、物語を信憑性のあるものとして 提示するために必要だと感じられたものと考えられる。
   「前ロマン派」と呼ばれる、シャトーブリアン、セナンクール、コンスタンたちも、19世紀初頭にその小説を1人称で書いている。 それが、バルザックやスタンダールによる3人称テクストへと移行するのは1830年代のことである。そしてこの移行期に当たる1820年代に 盛んに書かれたのが、いわゆる「歴史小説」である。
   その火付け役になったのは、1820年から翻訳され始め、フランスでベストセラーになった、ウォルター・スコットの一連の歴史 小説である。地理的・歴史的に遠い世界を舞台にし、地方色にあふれた詳細な風景・風俗描写と、会話中心の場面を短い語りでつなぐ ドラマチックな構成をその特徴としたスコットの作品は、多くのフランスの読者を引きつけ、フランスの作家たちもこぞって「歴史小説」 を発表した。そのなかでも代表的な、ヴィニーの『サン=マール またはルイ13世治世下の陰謀』(1826)、 メリメの『1572年 ― シャルル9世年代記』(1829)、バルザックの『フクロウ党員 または1799年のブルターニュ』(1829)を 検討すると、次のような共通した特徴を見いだすことができる。

 ・ 作品が細かく章わけされ、各章にその内容を隠喩的に示すタイトルがつけられ、また内容的に関連した文学テクストからの引用がエピグラフとして添えられている。
 ・ 「語り手」の「いま」あるいは「ここ」から物語が語り起こされる。
 ・ 「語り手」が読者に呼びかける。
 ・ 直接話法による具体的(歴史的)場面の再現
 ・ 歴史上の人物と架空の人物との混在

これらは「解釈行為」あるいは「説明行為」としてのテクストの性格を示すのもで、「歴史」の中に「現在」を読み解く鍵を 見いだそうとする態度の現れであると考えられる。
   じつは1830年前後から書かれ始めたスタンダールの3人称小説も、『アルマンス ― 1827年のパリのサロンでの情景』(1828)、 『赤と黒 ― 1830年年代記』(1830)、『イタリア年代記』(1837−39)のタイトルから伺えるように同時代史として書かれたもの である。そしてバルザックの「人間喜劇」の諸作品も、いずれも冒頭で具体的年代(それも発表された時点から遠くない時点)が設定され、 その時点から物語が語り起こされ、物語が「現在」に追いついて話が終わっている。「現在」の諸相を「歴史的」に跡づけるのが、 バルザックのねらいであった。実際彼はその「人間喜劇への序文」でスコットに言及し、自分はスコットが行ったことをさらに体系的に行う つもりであると述べている。
   つまり彼らの3人称小説は、「同時代史」として書かれた「歴史小説」だと考えることができる。そのために個人的体験だけを 語る私的なディスクールに代わって、史実を客観的に「解釈」「解説」する3人称の語り手、これから起こる事件をすでに知り、 人物たちの運命を握っている特権的な「語り手」によるディスクールが登場したのである。
   バルザックやスタンダールも含めた「リアリスム」作家たちに共通したテーマ系として、ジャン・デュボアは現実感、社会性、 全体性、細部へのこだわり、必然性への指向などをあげているが、これらはじつは歴史叙述一般に共通したテーマである。 フィクションの言語に特徴的な、全知・遍在の「語り手」による登場人物の内面描写、物語の因果関係の説明、予言的語りなどは、 「過去」に対して現在の歴史家が持つ特権的立場とパラレルに考えることができるのではないだろうか。

<活動状況>

 ◎第4回研究会 2003.5.20 16時半から19時 於:東館4階会議室
  出席者:池田晋也、川島隆、佐々木茂人、西村雅樹、松村朋彦、田口紀子、中山和、林田愛、平尾浩一、増田真、川上穣、高橋宏幸、中務哲郎。

  下記の研究発表に続いて質疑応答と討論を行った.
 [研究発表]
  ・川上 穣:『イリアス』における「自己」の意識
  ・田口紀子:「歴史小説」から「小説」へ---フランス小説でのウォルター・スコットの役割

<今後の予定>

 ◎第5回研究会
  7月25日(金)15時から17時   於:東館4階会議室

 報告者
  佐々木茂人:ディアスポラと文化の変容 −J.ゴルディンの『神と人間と悪魔』−
  高橋宏幸:ローマの境界と世界