古代世界における学派・宗派の成立と<異>意識の形成 VAADA

Virtual Ancient Arguments on Difference and Affinity

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Newsletter No.1

2003年2月4日発行

目次

●ニューズレター発刊の辞
●第1回研究会報告(要旨)
1.古代インドにおける<異>意識の問題(赤松明彦)
2.オンライン共同研究支援システムに関する検討(山田 篤)
●VAADA研究会の趣旨と活動計画
●活動の記録と研究会の予定
●編集後記

ニューズレター発刊の辞

 京都大学大学院文学研究科21世紀COEプログラム「グローバル化時代の多元的人文学の拠点形成」プロジェクトのひとつとして、「古代世界における学派・宗派の成立と<異>意識の形成」(第33研究会、通称VAADA)が、2002年10月に発足しました。本研究会の趣旨については別に掲げる通りです。学内・学外さらには海外の研究者も交えていくつかの活動を展開します。このニューズレターでは、活動の一端を随時ご報告致しますので、どうかご期待ください。多くの方々のご支援とご協力をお願いいたします。

                                        研究会代表 赤 松 明 彦

第1回研究会報告(要旨)

●古代インドにおける<異>意識の問題

赤松明彦(京都大学大学院 文学研究科教授)


 本研究会は、古代世界の<異>意識を様々な観点から、また様々な分野において考察していこうとするものである。ここでは、故W.Halbfassの India and Europe, An Essay in Understanding (New York 1988)に収められている論考 'Traditional Indian Xenology'(「インドの伝統的異人観」)を参考にして、そのような研究をすすめる上での見取り図を提供したい。彼がここで使用する 'Xenology' という語は、「ある文化圏における異人・外国人に対する態度、ある文化圏で異人・外国人をどう観念するかということ」を表す用語である。Halbfass は、この論考を前後二段にわけている。前段(5--13)では「異人観」の理念的・イデオロギー的構造を、主としてサンスクリット文献に基づいて明らかにしようとし、他方後段(14--32)では、古代インド人の日常的な生活の場、社会的関係の中での「異人観」の実相を、文献のうちに探ろうとしている。本報告では、主として前段の内容に基づいて、「異人観」の構造を考える上での複数の視点を提示した。

 Halbfass は、前段の論考においては、古代インドにおいて「異人」を表す語・概念として特に、mleccha (ムレッチャ)と yavana(ヤヴァナ) に注目して論じている。ブラーフマナ文献以後、つまり紀元前800年以後における展開を中心にして、両語の用語上・概念上の違いを取り出すと、次のようなことが言える。

 1. yavana は、どちらかと言えば記述的な概念である。特定のグループ(族)に属する者として、そのものたちの特徴を認知し、分類することへの関心が表れている。
 2.mleccha は、強い価値判断と宗教的・禁忌的排除を含む語で、異人・他者を、基本的な規範の侵犯、価値の欠如・逸脱・欠乏と同一視する。
 3.古い文献では、yavana は、他者グループ(部族、種族)のひとつとして現れるが、mleccha は、全くの他者性と排除のうちにある異人そのものとして表象される。
 4.yavana は、異人ではあるが、インドにおいて、少なくとも辺境では、その存在を認知されたもの(「市民権を与えられた者」)となっている。そして、ヒンドゥ的な伝統の一部となっている。それゆえ、早くから、彼らは起源的には、カースト制度に由来して説明されてきたし、混合カーストあるいは堕落クシャトリアとして説明されてきた。

 この両語・概念に加えて、zuudra (シュードラ)という、カースト制度内の「異人」を並べてみれば、同じように<異>意識を反映した語・概念であっても、異化の度合いの違いがそこには見えてくる。異化の強度は<自>意識の中心にあるものとの距離に比例すると言えるだろうが、Halbfass は、この中心にあるものとして4つの規範を想定している。

 1.地理的中心としての「バーラタ」(ちょうど「やまと」にあたるようなインドの古称)、
 2.神聖なる言語としての「サンスクリット」、
 3.社会的規範としての「ダルマ=ヴァルナ体制」、
 4.<浄>の観念である。

 そして、zuudra が体制内「異人」であり、yavana が、結果的に体制内に取り込まれた「異人」であるのに対して、mleccha は、「排除される者」としてさえダルマの体制を受け入れることのない、「全き他者」として、それゆえブラーフマナ(バラモン)の世界にとっては、全く交流不可能な者として観念されているということが言えるのである。つまり、mleccha(「ムレッチャ」)とは、インド世界の外部におかれ、サンスクリット(言語)を解さず(解すに値しない)と思われ、社会的・宗教的枠組みの外部に位置づけられる存在ということが言えるのである。

 高名なフランス人仏教学者であったシルヴァン・レヴィ(1863--1935)は、ネパールでの調査の際、シヴァ神の寺院に入ろうとして遮られた。その寺院の中庭には先に犬が入ってうずくまっていたのにである。(犬は動物の中では最下層に位置する。)「犬は犬である。おまえはいわばムレッチャである」と言われたと、彼は記録している。

●オンライン共同研究支援システムに関する検討

山田 篤(京都高等技術研究所情報メディア研究室長)


 オンライン共同研究の推進には、研究者同士が意見を交換できるような仕組みと、意見交換の結果作成された研究成果を公刊する仕組みが必要となる。そこで、これまでに述べたウェブアプリケーションを拡張して、複数の研究者が同一のドラフトに対してネットワークを介して互いに意見・注釈をつけ、その結果を互いに参照することができるような仕組みについて検討を行った。

 この場合、次の3種類のユーザが生じる。

 a) 管理者:ドラフトの登録その他システムの管理を行う

 b) 共同研究者:登録されたドラフト、他の研究者の意見等に対して自分の意見を書き込む

 c) 閲覧者:ドラフト、意見の閲覧のみ

  場合によっては、参加者全員がb)に属し、c)が存在しないこともありうる。このうち、a)とc)は今までに述べてきたウェブアプリケーションで実現できるため、新たに生じたb)に対して更に検討を加える。

 ウェブ上における意見交換システムとしては掲示版システムや、最近ではWiki等のシステムがある。掲示板ではスレッドを使って一連の議論の流れを作ることはできる。スレッドのルートとしてドラフトを設定すれば、要請を擬似的に実現することは可能と考えられるが、スレッドの動的な形成は難しく、単一の見方しかできなくなる可能性がある。議論の流れを様々な形で見ようとすると、各自の意見を個々に格納しておき、必要に応じて表示対象や表示形式を決めるという動的な編成が必要になると考えられる。動的な編成を考えると、XLink (http://www.w3.org/XML/Linking) 等のロケーションモデルを用いて、それが何に対する意見かといった情報を個別に持つほうが都合がよい。

 また、電子データの印刷出力にあたっては、単独著作として自分が執筆した部分のみを取り出す場合と、共同著作として複数の研究者の執筆部分を取り出す場合が考えられる。更に編集著作の場合はこの後に編集作業が入る。これらの場合もドラフトに対して特定の研究者の意見のみを取り出したり、ある話題に対する複数の意見を取り出すといった任意の見方を導入できるようにするためには、それぞれの意見が独立に操作できることが望ましい。

   このために、はじめに設計したXML DTDではコメントは管理者のみが記入できるものとしていたが、これを任意の共同研究者が自らの意見を記述できるようにするとともに、ドラフトのXML文書とは別に管理し、「誰」が「何」に対して付与したコメントかを管理することとする。

 共同研究者が意見を書き込む際の処理の流れは次のようになる。

 1) 意見を付与する対照となるドラフト、ないし他者の意見を選択する
 2) 自分の意見を書き込む
 3) 入力された意見が、1)で選択された場所を示す情報、及び入力者、入力日時の情報とともにXML DBに格納される

 閲覧の際にはドラフトを元にした表示、研究者毎の表示といった様々な見方が可能となるようにする。これらに共通した処理の流れは次のようになる。

 1) ユーザがどのような見方をしたいかを選択する
 2) XML DBから関連する文書(ドラフト、意見)が検索される
 3) 検索された文書群から表示イメージを構成される

 ウェブアプリケーションの場合、ここで構成される表示イメージはHTMLベースで、ボタン等のインタフェースを用いてインタラクティブに動作させることもできる。

 印刷物の生成の場合も処理の流れは同様で、3)において構成される表示イメージが、検索されたコンテンツをすべて含んだページイメージとなる。

 ここで示したオンライン共同研究支援システムは先に述べたウェブアプリケーションシステム上に実装することができる。今後は表示方法の更なる改善を行うとともに、FOP (http://xml.apache.org/fop/) 等のXSL処理系を用いた印刷イメージの直接生成にも取り組みたい。

以上

VAADA研究会の趣旨と活動計画

 古代世界において成立してきた哲学の諸学派(school)や宗教的各派(sect)の初期の成立史を文献資料に基づき検証する。主として厳密な文献学的方法に基づき、諸言説の聖典・経典化のプロセス、伝統の形成過程、正統説と異端説の分岐、他者の見解の取り込みによる統合など、その展開過程を詳細に分析することによって、学派・宗派の成立−これは同時に<学>や<教>それ自体の成立の歴史でもある−のダイナミズムと、そこに見出される<異>意識の構造を明らかすることを本研究会はその目的とする。

 研究会の活動としては、次の三本柱を計画している。

 1)ハリバドラ(8世紀ジャイナ教の思想家)の『六派哲学集成』およびその注釈テキスト類の電子版校訂テキストとその訳注の作成のオンライン共同研究会。
 2)チベット宗義書(doxography)研究の研究会の開催と成果の出版。
 3)本研究テーマに関わる個別研究発表の場としての「VAADA研究会」の開催。

活動の記録と研究会の予定

 次回の第2回VAADA研究会は、2003年3月8日(土曜日)に開催の予定です。テーマは、『六派哲学集成』研究および「チベット宗義書」研究についての検討と、オンライン共同研究会システム構築についての検討を予定しています。詳細は決定し次第、研究会のホームページでお伝えしますので、メンバhttps://www.bun.kyoto-u.ac.jp/archive/jp/projects/projects_completed/hmn/.hmn.bun.kyoto-u.ac.jp/vaada/が、本研究会のホームページのアドレスです。

編集後記

 ニューズレターの第1号をお届けします。今号では、第1回のVAADA研究会の報告と、本COE研究会の趣旨、今後の活動計画などを載せております。今後の活動が、本研究会の略称(VAADA ,「論」)にふさわしく活発に展開するためにも、皆様のご支援とご協力が欠かせません。どうかよろしくお願い申し上げます。

      VAADA  事務局  (担当 : 赤羽 律)
〒606-8501 京都市左京区吉田本町 
                  京都大学文学部  インド学・仏教学研究室
                                           TEL: 075-753-2756
E-mail: vaada-hmn@bun.kyoto-u.ac.jp
Webpage: https://www.bun.kyoto-u.ac.jp/archive/jp/projects/projects_completed/hmn/vaada/
※VAADA研究会についてのお問い合わせは、
  電子メールで事務局までご連絡下さい。