21世紀COEプログラム

多元的世界における寛容性についての研究

京都大学大学院文学研究科
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■第10回研究会レジュメ

《報告2》

 2004年9月25日(土)
於:京都大学文学部新館

「ハンセン病」問題とキリスト者
〈公共性〉の可能条件再考 ―

今滝 憲雄
(大阪電気通信大学・近畿大学生物理工学部非常勤講師/キリスト教学)

1.はじめに−問題意識と拙論の前提−

本報告では発表を行うにあたり、今年度における研究会の論点のひとつである公共性概念について、これまでの研究報告も踏まえて次のように理解していると述べた。すなわち価値の同質性を前提とする共同性とは異なり、その複数性を条件とする点で異質なものを排除しない開放性を有し、ある共通の言説の対象にそれぞれの仕方で自由に関心を抱く人々の間に生成する時空間である、と(斎藤純一『公共性』岩波書店、2000年参照)。また公共性をめぐる問題関心として、自由と平等な開放性が共に充足される場所で、普遍的な事柄に関わるべく集う人々の、その参加後の関心の抱き方の変化、すなわち言説対象との関係性の変容から価値の複数性を含み込む“新たな価値”が創発されるプロセスについて究明したいと述べた。

 ところで以上のような場所の公共化作用に基づく創発性が生ずるには、それを担う個の条件、すなわち価値の複数性を体現する主体の側の条件が問われねばならないと考えた。でなければ、公共的時空間への参加が複数の価値間の単なる闘争と化し、結果的に自己中心性を肥大化させる契機、すなわち他者との敵対による言説の硬直化、言わば普遍性を閉ざす個人の不寛容が生じかねないと考えたからである。よって場所の特質としての公共性を維持し得る、個における内的条件について2つの引用文から示唆を行った。

 ひとつは、カントのプルラリスムスとして有名な『判断力批判』第40節の「拡張された(視野の広い)考え方」を政治的思考に応用した、アレントの判断力の機能としての代表的思考に関する説明箇所である。「私は、さまざまな観点から所与の問題を考えることにより、つまり、そこにいない人々の観点を私の心に存在させることにより、ひとつの意見を形成する。……これは、ちょうど私がだれか別人のようになるとか別人のように感じるというような感情移入の問題でもなければ、人数を数えて多数派にくみするという問題でもなく、実際には私は存在しない場所で、私自身のアイデンティティにおいて考える(わたし自身の同一性のもとにありながら、現実にはわたしが存在しない場所に身を置き移して思考する)という問題である。……そしてこの想像力を発揮させるための唯一の条件は ……自分自身の私的利害からの解放である。」(「真理と政治」、志水速雄訳『文化の危機――過去と未来の間に 』合同出版、1970年、125−126頁等。)

 ここでは没我性〔disinterestedness〕を条件に想像力を駆使して、自己中心性を克服するかたちで意見を形成する多元的かつ自己同一的な思考過程が語られているのだが、この「わたしが存在しない場所」に(アレントが拒否するであろう)宗教性を宿らせることで、リスクを伴いつつもポストモダン的な普遍的公共性の可能条件に関するヒントを与えていると考えられるものとして、以下の引用文を挙げておいた。「僕はここ[獄中]でいつも観察するのだが、多くのことを同時に心に宿すことのできる人は非常に少ない。……これに反して、キリスト教は、僕たちを同時に多くの異なった生の次元に据える。僕たちは、言わば神と全世界とを自分の中に宿す。僕たちは泣く者と共に泣くと同時に、喜ぶ者と共に喜ぶ。……例えば、われわれが、空襲の際に、自分自身の安全を心配しようとする方向とは違った方向に、例えば、われわれの周囲に平安を行きわたらせようとする課題に心を砕くや否や、状況は全く別なものとなる。その場合、生活はただ一つの次元に押し戻されないで、いつも多次元的であり、多声音楽的である。」(「ある友人への手紙 1944年5月25日」『ボンヘッファー選集――抵抗と信従』新教出版社、1964年、215−216頁。)

 私的利害からの解放によって神と全世界とを自分の中に宿し、目前の苦難を乗り越えて未来のために決断する。このボンヘッファー的なキリスト教、すなわちゲッセマネにおける無力さ・弱さのうちにあるキリストのように「神の前で、神と共に、神無しに(世俗の只中で)生きる」ことを可能にする信仰こそが「泣く者と共に泣くと同時に、喜ぶ者と共に喜ぶ」という“愛”に満ちた公共的時空間の共有をもたらすのではないかと考えられる、と。またそれは、西田幾多郎がその「宗教論」で述べている「神の絶対的自己否定[ケノーシス]の肯定」として「無分別の分別」に生きることを意味しているだろうと指摘した。

2.キリスト者として生きるとは−「(絶対・相対)矛盾的自己同一」のかたち−

 ところで以上のような議論の前提のもとに、報告では価値の複数性を体現する多元的な生のあり方から没我的な実践へと踏み出すに到るキリスト者の精神構造について、西田哲学を介して以下のような補足説明を行った。すなわち、複数的な他者の価値を多層的状態で整然と自己の意識内に取り込み、それを要領よく理性によってコントロールして生きる限り、その人固有の個性は決して発揮されず、結局それは他者を利用するようでいて自己の自由を否定しているのであり、自己自身を殺すことにつながるのだ、と。それに対して、我々の自己が何処までの自己自身の自己同一性に還元されない複数の他者性を内在させ、内的葛藤から生成する矛盾的自己を引き受ければ引き受けるほど、すなわち自己矛盾的になればなるほど、我々の自己は自身の固有性を自覚するのであり、自己否定によって抱え込まされる他者の他者性がもたらす揺らぎと「内在的な亀裂」から生ずる苦悩を振り切ることで(西田はそれを「罪悪の本源を徹見する」という)歴史を形成する自己自身の決断がなされるのである、と。よって多元的な生をもたらす私的利害からの解放が別の私的利害への呪縛に転落するのをくい止め、真に普遍的な公共性を可能にするための試金石として、矛盾的自己(における罪)の自覚の問題が挙げられるであろうと指摘した。そしてそこに「ハンセン病」問題に見られる今日的な公共的課題を克服する鍵があるだろうと述べた。以上のような指摘の後に、「ハンセン病者」と共に生き続けている女性キリスト者に関する現時点での研究の視点を提示した。

2−1.井藤道子と岸上昭子における愛の実践−社会正義を実現するための働きを支えたもの−

 井藤道子〔1917−〕は少女時代にイエス・キリストのことばと出合って以来、キリスト教とは無縁といえる環境の中で一人『聖書』を学び祈りつつ信仰を深めた人物で、ハンセン病療養所内のエクレシアにおける「霊交を慕って」、1941年に鹿児島県鹿屋市にある星塚敬愛園の看護婦となっている。無教会キリスト者矢内原忠雄〔1893−1961〕を師と仰ぎ、退職後の現在も敬愛園キリスト教恵生教会(単立)会員として「ハンセン病者」と交わり続けている。報告では、彼女の在園者との交流のあり方については今後の課題とした上で「ハンセン病」問題(謝罪・名誉回復、在園保障、社会復帰・社会生活支援、真相究明)における緊急の課題といえる社会復帰支援に携わった岸上昭子〔1942−〕の取り組みについてのみ触れた。

 それはまた今回の「ハンセン病」裁判で専門家の立場から証言を行い、当事者性を引き受けるかたちでその良心を示された和泉眞藏先生(当日研究会に特別参加して頂き貴重なお話しを伺った)の論考に示されている「多様な人間に平等な基本的人権が保障される社会」づくりの問題と関係している点を指摘させて頂いた(和泉眞藏「いま改めてハンセン病問題を考える」『人権と部落問題』2004年9月特別号参照)。

 岸上(旧姓中谷)昭子は、裁判の第一次原告であり名誉原告団長でもあった作家の島比呂志〔本名岸上薫。1918−2003.3.22.〕と養子縁組し島の社会復帰を実現させた。国家による強制・終身隔離政策の当然の償いとして「社会復帰(希望)者が、安心して社会生活に戻れるように」条件整備を行う義務があると主張した島の一貫性、人間島比呂志の思想と実践を統一させる(完成させる)ために尽力した。地域における草の根の運動に意義を見出している彼女の働きは、北九州市小倉南区内で「療養所で出て来たい人がいたら、みんなで引き受けようよ」という声が上がるまでに至る地域社会を変容させる原動力となった。

 ところで報告ではあくまでも今後の究明課題として、岸上のアイデンティティに関する視点を挙げた。ひとつは哲学書の影響で、それは「様々な角度から事象を眺め、より深く本質を理解しなければならない」という彼女の世界観と結びついているだろうと指摘した。ふたつ目は無教会の創唱者内村鑑三への傾倒で、内村の「信奉者」という彼女は島にまでその影響を及ぼしたと見られる、と(「内村鑑三と聖フランシスは、私の絶望を希望に変え、生かされていることの喜びを教えてくれた」と島は井藤道子に語っている)。内村及び無教会キリスト者の信仰と実践との関連性については、拙稿(現代キリスト教思想研究会編集発行『アジア・キリスト教・多元性』1,2号所収)を参照して頂きたいが、異なる立場に身を置く「辛さ」とその引き裂かれた関係性を生み出している原因を除去するために闘う(矛盾を矛盾として受け入れる、すなわち矛盾的自己における罪の自覚に留まるのでなく、その状態に置かれてある自己を否定して現実の矛盾を変革する実践へと踏み出す)積極的特質については、岸上自身の表現から今後究明していきたいと指摘した。最後にその働きの根底にある“愛(と他者を利用する者への徹底的な批判)”について触れた。岸上はかつて島に「どうしてそんなに僕たちのこと、ハンセン病のことについて、一生懸命にしてくれるのか、その真意を知りたい」と聞かれ、「理由が無いと、してはいけませんか。理由が無いのが理由です」と答えたという。その無根拠の根拠としての“愛"、ベタニアの一女性マリア(マタ26:6-13等)のごとき「混じりなく直観する女性の心」に関しても、今後深めていきたい研究課題だと指摘して列挙を終えた。

3.「公共性」の可能条件再考−「ハンセン病」問題の克服に関する仮説の検討

 最後に前々回(5月8日)の大澤報告で示された公共性の可能条件に関して、「ハンセン病」問題に応用し得る視点の考察を行った。95年の少女暴行事件が10.21県民総決起大会という島ぐるみ闘争を喚起し、沖縄おける普遍的な公共性を宿らせた事実。ここから大澤氏は「基地の存在に発する人々の多様な苦労を通約する共通の何か」ではなく「公共的な表現を徹底的に拒む、排除された一点」、すなわち「(米兵三名の暴力に無力な少女の)個人の内奥の核に対する冒涜[共感・共苦の不可能性]」こそが、人々に普遍的な参加を可能にした要素であるというパラドックスを見て取っていた。これはアトム化時代の連帯のあり様として検討に値し、その妥当性は以下の点からも実証されるであろうと指摘した。すなわち「ハンセン病」裁判における公共性を宿らせた(超党派・宗派的な運動形態の)要素として、公共的な表現を徹底的に拒む「(無数の)排除された一点[共感・共苦の不可能な人権侵害の事実]」が挙げられることからも。更に沖縄の少女の事例の延長上における至高の事例として、完全かつ人類規模の普遍的公共性をもたらすという「十字架のキリストの苦難」、その超越性を変容させ終結させるための超越性としてのキリストの現象と殺害についても、「神の絶対的自己否定[ケノーシス]の肯定」としてキリストの「無」を模範に生きる存在(それを女性キリスト者の生涯から究明することが今後の課題である)が、あの裁判への関心の共有という特殊の共同性の枠組みを越えて普遍的公共圏を実現する、すなわち「ハンセン病者」も含む「多様な人間に平等な基本的人権が保障される社会」をつくり上げる問題と関係するだろうと指摘した。そして大澤氏の言う我々の誰もが抱える「内在的な亀裂」における連帯、すなわち自己が自己でないことにおける(矛盾的自己の自覚とその克服としての無即愛の)連帯を、「ハンセン病」問題に関わり続けている女性キリスト者岸上昭子と井藤道子の信仰と実践との関係を通して検証したいとして報告を終えた。

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