21世紀COEプログラム

多元的世界における寛容性についての研究

京都大学大学院文学研究科
top 趣旨 メンバー 研究会案内 関連企画 NewsletterCOE top

■第14回研究会レジュメ

《報告2》

 2005年7月9日(土)
於:京都大学文学部新館

公共性とスポーツ実践

ーー日米サーフィン共同体の比較からーー

水野 英莉


T はじめに

 近代スポーツは、その誕生より、階級・人種・性などさまざまな立場や価値をめぐる対立が顕在化するフィールドであった。同時に他方では、かつてはアマチュアリズムをめぐって、現在ではスポーツ・フォー・オールという理念のもとに、スポーツの公共性・寛容性はいかにして可能かが盛んに議論されてきた。本報告ではスポーツ実践が新しい公共性を創出していく過程や寛容性の社会的条件を、日米のサーフィン共同体を事例に考察するのが目的である。特にジェンダーに関わる寛容性について検討したい。

U 「サーフィン」という実践

 サーフィンという語は、広義には波に乗ることを意味するが、ここではサーフボードなどの用具を用いて波に乗ることととらえておく。近代以前のサーフィンはもともとハワイをはじめとするミクロネシアの国々で、宗教儀礼や階級システムの一部として、あるいは漁の手段や娯楽として行なわれていたという。19世紀に欧米のキリスト教宣教師によって一時禁止されるが、20世紀初頭に近代サーフィンとして復活し、現在に至る。サーフィンという実践を特徴付けるのは、まずアメリカ大衆文化であるという点にある。すなわち、非エリート的、非アマチュアリズム(大規模なプロ化)、そして大衆の熱狂を誘う個人の活躍が目立ち、イギリスを起源とするヨーロッパ・スポーツと大きく異なる。それに加えてサーフィンの場合、1960年代の対抗文化的要素をたぶんに含み、排他性を有している。また、「波」という不安定なフィールドで行なう実践である、一本の波には一人しか乗ることはできないなどの事情から、極端に限定された資源を必要とする特性がある。この特性はすなわち、非常に貴重な資源をいかにして異なる立場の人々が共有しうるのか、あるいはしえないのか、そこで生まれる新しいルールとはどのようなものかを知るのに適しているということも意味する。
 日本に近代サーフィンが輸入されたのは60年代といわれており、グローバル化の文化・経済的拠点は米国のカリフォルニア州である。関連企業・組織もカリフォルニア南部に集中しており、世界レベルのコンテストで活躍する選手の出身国も圧倒的に米国本土およびハワイ(一部豪州)に集中している。よって文化内部には全体として、米国の健康な白人中産階級の男性を頂点としたヒエラルキーが存在する。

V 不寛容の諸相1(性差別)

 近年の研究により、近代社会はこれまで以上に男女の性差が区別・強調され、なかでもスポーツは「男らしさ」の鍛錬および提示の場としての機能を担ってきたことが明らかになっている。サーフィンも例外ではなく、「男性優位」によって成り立ち、一般社会よりも強力に性差別が行なわれる場である。

(1)スポーツ文化の「男性原理」、「男らしさ」の表現
 コンネルによれば、男らしさとは、何か実体のあるものではなく、個々の状況によって多様に現れるもので、自らより下位の他者に対して常に支配的な「ヘゲモニックな男性性」である。サーファーの共同体でこの「男らしさ」は、@ホモソーシャリティ(女の排除)、Aホモフォビア(男らしくないものの禁止)、B他者からの承認(女の所有、賞賛者の確保)、C「男のメンツ」を守るプレッシャー(能力以上の行動、弱さの隠蔽など)として表出されており、スポーツ文化と「男らしさ」との密接な結びつき見られる。

(2)日常的スポーツ現場での女性排除と差別
 ではこのようなサーフィン文化の内部でサーフィンをする一般女性たちは、日常的にどのような経験をするのであろうか。一般的にスポーツのジェンダー研究ではナショナル・スポーツや教育現場における問題を論じることが多く、これらの点についてはほとんど着手してきていない。女性排除と差別の実践は、以下のような点に見られた。たとえば、男女の間で社会的資源(ネットワーク、自立手段など)が不平等に配分されている、少数派である女性同士がさまざまな理由により連帯できない、過剰な親切やセクシャルハラスメントなどを受けやすく男性とも人間関係を築くのが困難、サーフィン文化の核心部分である「欲望と快楽の追求」は女性に寛容でない、などである。このように、サーフィン文化が性差別に熱心なのは、サーファーの多くが「ブルーカラーの若者」で所有する資源が少なく、唯一味わえる特権が「女にもてること」であり、「女」は確保しなければならない他者であると同時に、資源を奪い合う敵でもあるからである。

(3)女性サーファーの「居場所確保の戦略」
 上述のように、「露骨な」女性排除を行なうサーフィン共同体においても、サーフィンをしたいと希望する女性は多く存在する。女性排除を明文化しないスポーツでも、現代においてはもはや女性の参入をとどめることができない。では彼女たちはいかにして自らの居場所を確保するのだろうか。その方法は、端的に言うならば、マジョリティ(男性)の作法を模倣することによってである。つまり、男性が他者に対してする意味づけや序列化の実践を真似て、自らの正統なメンバーシップを主張するやり方である。時に女性サーファーが「悪意に満ちた」語り方で他者を表現するのは、このような理由による。この「戦略」は根底から何かを変革する方法ではないが、彼女たちがこの戦略に頼らざるを得ないほど、不平等な社会構造が存在するのである。

W 不寛容の諸相2(ローカリズム=ローカル優先主義)

 日本のサーフィン共同体に近年顕著に見られる傾向は、単にジェンダーをめぐる対立よりむしろ、ローカリティをめぐるものに変容しつつある。ここでいうローカリティはサーフィンをする海辺の地域に基づくもので、それと波に乗る優先権と結びついたのがローカリズムである。ローカルとは、その土地で生まれ育ったサーファー、また長い年月その場所に通うサーファーがそれに相当する。ローカリズムの表示は、ローカル以外そのポイントでサーフィンさせない、ローカルに有利な状況を作り出すなどで、寛容の度合いにはさまざまなレベルがある。それに応じて非ローカルのサーファーも、ローカリズムとの折り合い方を模索している。ローカリズムは、サーフィンをしない地域住民と都会から来るサーファーの橋渡しや、ルール・マナーの伝承、安全確保など、一定の機能も果たすが、他方では自己中心的に波を独占したいときの手段としても利用される一面がある。ローカリズムに疎外される者を見てみると、やはりここでもヒエラルキーのより下位に位置する女性は不利な立場にならざるを得ないことが明らかであった。日本より先にサーフ人口の増加の問題に直面した米国では、どう対処してきたのだろうか。

 移住した日本人女性サーファーに対するインタビューによると、全員が口をそろえて「女の子はアメリカのほうがサーフィンしやすい」と答えた。確かに米国のほうが女子選手の活躍の場が整えられており、10代女子のサーファー人口が圧倒的に多い。暫定的な予測の段階ではあるが、公共性に関する意識の違い(「弱者」の保護)や、社会的資源の圧倒的格差、海や土地をめぐる所有意識の差異、海辺の地域住民の階層差など、日本と米国の文化・歴史・経済的な差異を背景にしていることが考えられる。

X 公共性の現状、寛容性の実践

 サーファー共同体ではここ10年の間に、性・年齢・国境に対して寛容性を飛躍的に高めたが、他方ではローカリズムの出現によって新たな非寛容性を出現させてもいる。同じくここ10年の間に飛躍的な変化を遂げたのは、インターネットサイトをはじめとするサーファーの公共圏の大量出現という点である。世界的な傾向としてサーファー人口は増加する一方であり、ローカリズムをめぐる対立や調整は、ますます重要な問題として立ち現れてくることが予想される。サーファー公共圏における彼らの動向に注目しながら、議論を深めていきたい。

 

【主要参考文献】

Connell, R. W. 1995. Masculinities, Polity Press.
―――― 1993 森重雄訳 『ジェンダーと権力』 三交社
江原由美子 2001 『ジェンダー秩序』 頸草書房
伊藤公雄 1998 「<男らしさ>と近代スポーツ──ジェンダー論の視点から」 『変容する現代社会とスポーツ』 日本スポーツ社会学会編 世界思想社
水野英莉 2002 「スポーツと下位文化についての一考察――X・サーフ・ショップにみられる『男性文化』――」 『京都社会学年報 第10号』
―――― 2005a 「スポーツする日常における性差別――サーファー・コミュニティのフィールドワークから」 好井裕明編 『繋がりと排除の現象学』 明石書店
―――― 2005b 「女性サーファーをめぐる『スポーツ経験とジェンダー』の一考察――『男性占有』の領域における居場所の確保」 『ソシオロジ』154号
Permanent Publishing. 2004 Oct. The Surfer’s Path.
セジウィック、イブ 2001 『男同士の絆――イギリス文学とホモソーシャルな欲望』 名古屋大学出版会
多木浩二 2003 『スポーツを考える――身体・資本・ナショナリズム』 ちくま新書
Young, Nat 1983. The History of Surfing: revised edition, Palm Beach Press.
―――― 2000. SURF RAGE, Nymboida Press.

(みずの えり・京都大学大学院文学研究科研究員(COE)/社会学)



[このページの先頭に戻る]


top 趣旨 メンバー 研究会案内 関連企画 NewsletterCOE TOP

21世紀COEプログラム
京都大学大学院文学研究科
「グローバル化時代の多元的人文学の拠点形成」
「多元的世界における寛容性についての研究」研究会

tolerance-hmn@bun.kyoto-u.ac.jp