21世紀COEプログラム

多元的世界における寛容性についての研究

京都大学大学院文学研究科
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■第19回研究会レジュメ

《報告5》

 2006年7月22日(土)
於:京都大学文学部新館

差異の共和国

――フランスと多文化主義――
松浦 雄介

【要旨】

 近年のフランスでは、スカーフ問題、ムハンマド風刺画問題、郊外暴動等、移民をめぐるコンフリクトが頻発している。これら一連の現象は、フランスにおいて移民の社会統合が切迫した社会的課題としてあることを示している。

 従来、フランスは「共和国モデル」と呼ばれる原理に従って移民の社会統合を行ってきた。このモデルは、私的領域において属性の多様性を容認する一方、公的領域においては市民的権利の普遍性を尊重することを基本としている。しかし近年、この共和国モデルは多くの批判にさらされてきた。すなわち、それは同化主義につながり、多様な文化を抑圧してきたのではないか、あるいは移民にまつわる種々のコンフリクトは、この共和国モデルがすでに失効していることの証左ではないか、と。

 そこで共和国モデルをめぐって、それを再構築しようとする方向と、そのオルタナティヴを探ろうとする方向とが現れることになる。現在のフランスでは前者が主流をなしているが、本報告では後者の一例として、フランスにおける多文化主義に焦点を当て、カナダやオーストラリア、アメリカで普及してきた多文化主義が、ここ十数年の間、フランスにおいてどのように受容されたのか、それは共和国モデルのオルタナティヴとなりうるか、それはフランスに何をもたらすの
か、といった問いについて論じた。

 フランスに多文化主義が本格的に紹介されるようになったのは90 年代以降であるが、大方の反応はもっぱら否定的なものだった。その理由は、それがアメリカから流入してきたことに起因するところが大きい。それはフランスが一般に反アメリカの傾向が強いためとである以上に、フランスにおける多文化主義の受容が、アメリカでそれが引き起こしたさまざまな軋轢の紹介と同時だったためである(対照的に、カナダやオーストラリアなど、多文化主義がそれなりに定着している国の事例はあまり参照されない)。また、この多文化主義と共和国モデルとの両立が困難であるのも、大きな要因の一つであった。
 多文化主義を肯定的に検討する数少ない論者の1 人が、社会学者のM.ヴィヴィオルカである。ヴィヴィオルカはフランスの社会統合にかんする言説空間を、「同化」・「寛容」・「多文化主義」・「共同体主義」という四つの極から構成されるものとして整理し、そのなかで多文化主義を、普遍的権利と文化的多様性との両立をもっとも適切に実現しうる統合原理として高く評価している。

 ただし多文化主義に好意的なヴィヴィオルカも、アメリカでの事の推移をすでに知っていることもあり、それがもつ限界も自覚している。第一に、それは全ての文化的差異を承認することができない。たとえば移民は、数の大小を問わなければ世界のさまざまな国からやってきているが、その全ての出身国の文化を等しく承認することは現実的に困難である。第二に、それは現実にはつねに変化しているはずの文化的アイデンティティを固定化する傾向があり、その結果、そのマイノリティの文化の内部にもあるはずの多様性が抑圧されてしまいかねない。

 結局のところ多文化主義は、文化的差異の承認という文化的次元のみに還元されることなく、不平等の是正という社会経済的次元と接合されたときには有効だが、逆に二つの次元が切り離され、前者にのみ収斂するときには危険である、というのが、ヴィヴィオルカの考えである。

 以上の検討をふまえたうえでの、多文化主義が共和国モデルのオルタナティヴとなりうるか、あるいは多文化主義がフランスに何をもたらすのか、という所期の問いについての暫定的な答えとしては、多文化主義は共和国の基本前提との齟齬が大きく、そのままでは実現困難だが、共和国モデルの限界に気づかせ、同化主義的な普遍主義ではない、多様性に開かれた社会統合を模索する契機をフランス社会にもたらしたと言えるだろう。
(まつうらゆうすけ・熊本大学文学部助教授)

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