21世紀COEプログラム

多元的世界における寛容性についての研究

京都大学大学院文学研究科
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■第2回研究会レジュメ

2003年1月30日(木)
於:京都大学文学部新館


ドラッグ使用をめぐる寛容性の社会的組織化:序説

Social Organisation of Tolerance on Drug Use: an introduction

佐藤哲彦(熊本大学文学部)
akis@gpo.kumamoto-u.ac.jp

【要旨】

 今回の発表では、「ドラッグ使用をめぐる寛容性」について、特に「ドラッグ政策における寛容性」という観点から既存の研究を整理し、その記述の範囲内で考えられる寛容性の条件について考察した。今回の発表は「ドラッグ使用をめぐる寛容性の社会的組織化」というテーマ設定による研究全体の前半部をなすものである。

 「寛容なドラッグ政策」という観点から考えられる第一の政策は、「ドラッグの合法化政策」である。この場合「合法化」とは、ドラッグ使用を合法化している政策、あるいはドラッグ使用の非犯罪化を法制化している政策と考えることができる。ここではオランダのカンナビス非犯罪化の法制化政策を例に取り上げた。そこでまずはじめに、オランダを中心的に叙述しながら、19世紀以降のドラッグ貿易とドラッグ統制の国際的な流れ、さらには欧州におけるドラッグの伝統的な医療的使用法などについて言及したのち、特に1960年代から70年代にかけてのオランダの政策変化について概観した。それによれば、アメリカ合衆国を中心として作り上げられた国際的なドラッグ統制秩序の中にあって、オランダにおいては歴史的にドラッグ関連政策を担ってきた司法省、厚生省、さらには新しく設置された文化省(以上、省名は略記)の三省が、ドラッグ使用者の増加と状況に対処するために、それぞれ独自のドラッグ政策を、さまざまな形で議論したこと、さらにそれらが省庁間の協議における妥協に結びつき、今日のオランダの政策の骨格が策定されたことなどが明らかにされた。

 次に「寛容なドラッグ政策」として考えられるものとして、「ドラッグの非犯罪化政策」を取り上げた。この場合「非犯罪化」とは、「合法化」と実質的にはそれほど代わりはないが、法制化ではなく、政策レベルでドラッグの分類を位置づけなおすことによって、所持や使用を犯罪とはしない政策のことである。ここでは2001年秋に行われた連合王国のカンナビス非犯罪化政策への転換を例に、それを簡単に概観した。それによれば、連合王国の場合、カンナビスの使用者の増加に伴い、各地の警察署などが財政的な側面からこれを実質的に非犯罪化しつつあったこと、さらには、マスメディアを中心としてドラッグの合法化をめぐって、さまざまな議論が行われていたことなどが明らかにされた。

 さらに「寛容なドラッグ政策」として考えられる政策として、「ドラッグ裁判」を取り上げた。「ドラッグ裁判」とはアメリカ合衆国において近年発達しつつある、ドラッグ犯罪者に特化した裁判であり、禁錮などの代わりにリハビリテーションへの強制参加などによって継続的非使用を求める裁判である。ここではその裁判システムについての議論を簡単に述べ、そこでは通常の刑事裁判との比較においてコスト・ベネフィットが優れていることなどがその正当化の根拠として利用されていることが明らかにされた。

 最後に「不寛容なドラッグ政策」として考えられる政策として、「ドラッグの犯罪化」を取り上げた。ここではアメリカ合衆国において、ドラッグ統制の成立が移民の統制という側面を持つということを取り上げ、さらに日本の覚せい剤取締法もまた、在日外国人の統制という側面を持つということを取り上げた。

 以上のことから、「ドラッグ政策における寛容性」の条件として、政策決定過程において、ドラッグに関して多種多様な議論が可能であったという状況が示唆された。この場合多種多様な議論とは、状況の定義をめぐって、どのようなフレームを設定するか、ということにかかわっている。つまり、それぞれの協議の場において繰り出される論拠、それは多くの場合、科学的知識の形や統計的データの形、あるいは情緒的物語の形をとることもあるが、そういった論拠は、それらをリソースとして、協議において自らの定義する状況を正当化するために用いられる。それらのリソースを基に正当化を主張されるのは、それぞれの状況の定義であり、それがさまざまなドラッグの意味を見えるようにするのである。

 「寛容な政策」決定の過程においては、そこで持ち出されるこのようなリソースが、多種多様であることに特徴がある。例えば、オランダの政策決定過程は、ポリシーの一貫性といった観点からすれば「ご都合主義」としてネガティブに評されるような状況であったものの、「寛容な政策」の成立という観点からすればむしろ、そのような状況の定義の混在あるいは競合こそが、「寛容な政策」決定に対して貢献するポジティブな状況にあったと考えられるのである。

 しかしながら、ではどのようにして、そのような多種多様なリソースの使用可能性、選択可能性が保証されたのか。一方、「不寛容なドラッグ政策」決定過程においては、なぜそれが保証されなかったのか。それはドラッグをめぐる議論を、極めて具体的に、ディスコース分析などを用いて分析することで今後引き続き明らかにしていくことになるだろう。


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